小さければ小回りがきく
会社に就職して途中で自分がその仕事に向かないことがわかったら、どうすればよいか。むろん、辞めればよいにきまっている。
しかし、会社を辞めることにはさまざまの障害が伴う。生活のこともあるし、世間体もある。ちょうどこれから結婚の相手でも探そうとしている矢先に、失業者になったのではまとまる縁談もまとまらなくなってしまう。大学を出てうっかり就職した先が一流企業であればあるほど、また待遇がよければよいほど、前に立ちふさがる壁は高く感じられるものである。
たとえば、三菱銀行とか、東京放送とか、三井物産とかいった企業につとめると、肩書もよいし、待遇も悪くはない。お嫁さんを探す時だって、職業のことで文句をつけられることはまずない。しかし、会社の中で実際に担当してやらされていることといえば、事務的な雑用であったり、倉庫番であったりする。しかも明けても暮れても、単純作業のくりかえしで、頭を使うこともないし、知識や能力を試されることもない。こんな仕事では我慢ならないから辞めたいと言っても、恐らく身内の大半が反対するだろう。なまじ有名会社であればあっただけ辞めることに抵抗が多いのである。
しかも大企業でやらされることといえば、機械の中のネジ一本のような仕事が多いから、いつになったら一人前の仕事を覚えられるか見込みはまるで立たない。たとえば商社に入って鉄鋼部なら鉄鋼部の一部にだけ、食品部なら食品部の一部にだけ通ずるようになるから、商杜の機構が全体としてどうなっているのか、自分が貿易会社をひらいたら役立つようなことが覚えられるのかということになると、まことに心細いのである。したがって、一ぺん、そこへ足を突っ込んだら、機構の中の部品として回転し続けていくよりほかなくなる。
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