「野心家の時間割」の再録に際して
「野心家の時間割」は
いまから24年前の1984年にPHP研究所から単行本として出版され、ベスト・セラーズになって広く読まれた私の「時間の使い方」の本ですが、いま読みかえして見ても、若い人たちの役に立つのではないかと思って、「マネーゲーム敗れたり」に続いてここに登場させることにしました。
実は、この本の前半分は世界文化社の「ビッグマン」誌、後半分は「大阪新聞」に連載させてもらったものですが、1冊の本になるまでに浪人をするといういきさつがありました。もともとは「日刊ゲンダイ」にたのまれて執筆をはじめたのですが、最初の6回分を書いて届けたら、当時の編集長に「頼んだことと違うから載せるわけに行かない」とつきかえされました。「お金のことを書いてくれるように頼んだのに時間のことを書くとは何事だ」というのです。それもご本人が現われず、下っ端を断わりによこしたので「タイム・イズ・マネーというじゃありませんか」と冗談の一つも言いかえす機会がありませんでした。お金の儲け方より時間の使い方が大切な時代になったのだという時代認識に欠けた編集長だなあと私は反論するのをやめて黙って原稿を返してもらいました。
その場で「ビッグマン」誌の編集長に電話を入れたらすぐ連載を承知してくれたので、予定通り執筆を続けることができましたが、一年たってその続きを大阪新聞に連載して1冊分の分量になったところをPHPで単行本として出版したら何と見る間にベスト・セラーズの仲間入りをしました。時代の読み方で私の方が間違っていなかったことを証明してもらったようなものでちょっとばかりは鼻高になった記憶がいまも頭の中に残っています。
同じPHPで文庫に再録される時、塩田丸男さんに解説を書いていただきました。過分のお褒めの言葉をいただき、恐縮の至りですが、私の意とするところをズバリ指摘していただいたので、再録に際してここに転載させていただけることになりました。アメリカあたりでは合理的な時間の使い方に関する本がたくさん出版されていますが、私の合理的な時間の使い方は「10時間かかるところを2時間で片づける」といった物理的な時間のことではなくて「時間を短く感ずるような仕事を見つけ、気がついたら人生がもう終っていたというような生き方をすること」であります。
これから充実した人生を送りたいと志向している人のために週に2回、土曜日と日曜日に連載しますので興味のある方はぜひご一読下さい。
2008年10月4日 邱永漢
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