| 第197回骨董を見る目―天使の微笑み、下の顔 27万ドルのビシュヌ神
 
           
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            |  フランス植民地時代の模刻作品、本物はバプオーン様式(11世紀)
 |  バンコク、リバーシティ3FのPアンティークスは
 この商業ビルの中に3店舗を持つ大手骨董屋だ。
 15年前に初めてこの店を訪れた時は、
 展示しているクメールの石像美術が僕を圧倒し、
 厚いガラスのドアを押すのさえためらわれたものだった。
 プレ・アンコール期、プノム・ダ様式(6、7世紀ごろ)のビシュヌ神がジロッと僕をにらみつける。
 それに「アンタ、買えるかしら?」
 横の女神像が妖艶な微笑を投げてくる。
 一応中に入ったものの、
 どうも場違いの店に足を踏み入れたような感じがする。
 それでぐるっと見渡しただけで出ようとすると、
 物凄く柔らかな笑い顔の店主が出てきた。
 なんと!タイ人なのにモミ手をしていた。
 「ミスター、何かお気に入った作品がございましたでしょうか?」
 と、とろけるような笑顔と対応の良さ。
 この頃の慇懃無礼な日本のデパートの店員や、
 無愛想な高級ブランド店のスタッフに
 彼の爪の垢でもせんじて飲ませたいくらいだ。
 つい釣り込まれあれやこれや聞くととても丁寧に答えてくれる。それで高さ60センチほどの男神像を買わされてしまった。
 金額は3万ドルだった。
 ついでに入り口近くのビシュヌ神像の値段を聞いた。
 彼は顔をくちゃくちゃにして
 細い華奢な指で計算機のキイを叩いた。
 「ミスター・・・」と言いつつ数字を見せた。
 『US$270,000 』
 この数字を僕はきちんと把握していなかったようだ。
 US$27,000と理解した。
 こんな思い込みは時々ある。
 僕は誰もが認めるハードネゴシエーターだ。店主は27万、僕は2万7千とすれ違いはあったが、
 後ろの7,000ドルを負けさせようと必死で交渉した。
 結局22と言うことでお互い話をつけたのだが、
 支払いの段になって22万ドルと言うことがわかり、
 この像はキャンセルとなった。
 その時の店主の冷たい顔は未だに忘れない。
 以後タイ人の二面性についてはしっかりと掴んでいる。
 そのビシュヌ神は15年経った今もその店の同じ場所においてある。このコラムを書くのにもう一度しっかりチェックしてきた。
 残念ながら100パーセントのコピー作品だ。
 僕が買った男神像は断るまでも無くオリジナル作品で
 プノンペン博物館館長の鑑定書もつけてもらっている。
 こんなぎりぎりの偽物とのせめぎあいも
 骨董商のスリリングな一場面だ。
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