| 第171回儲かる骨董−実行編
 4、磨けよ、育て、こだわりの人
 
           
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            | 李朝初期蕎麦茶碗 |  S会長は「もらうよ」と言いつつ
 「簡単に、簡単に」とエッサフォームでくるませ、
 ポケットに入れて帰ってしまった。
 プワ〜ンとベンツのエンジン音がまだ耳に残っているから、
 30分も経っていないだろう。
 S会長の秘書がお金を届けにきた。
 僕が気変わりして返せ、というのを防ぐための処置だろうか。
 この茶入では30万円近く儲けさせてもらって
 僕も十分幸せだったが、何か物足りないものが残っている。
 それから2週間後、S会長がサザビーズのオークションカタログを持ってやってきた。
 「キミ〜ィ、ここのページを見!」
 と言って茶入の載ったページをコツコツと指で叩いた。
 きれいな茶入(小壷)一つに仕覆(布の袋)、
 挽家(茶入を入れる木の蓋物)、
 外箱など様々な付属物が付いている。
 エスティメーションは2万ドルとあった。
 「これね、入札しようと思っている。
 挽家の寸法が買った茶入と同じだろ」
 と言うので彼の魂胆がわかった。
 中身を取り替えようとしているのだ。
 入札は成功したみたいだった。
 ついで堆朱盆や長持ちなど、
 茶入にかかわる様々なものを1年ほど掛けて揃えたようだ。
 ある日「君のところでもらった茶入、立派な道具になったよ。
 あんな小壷にこれくらいの着物を着せたわ」
 と言って手を大きく広げた。
 「○○家の蔵番を探していたが、やっと見つかった。
 高かったよ。切手くらいの紙切れが30万もした」
 と楽しそうに笑った。
 「あの小壷にいくらの着物を着せたのですか?」と聞くと、
 「フッ、フッ、フッ、ちょっとや」と言って答えてくれなかった。
 「キミな〜!お道具を作るときは
 チョットの矛盾もあったらアカンよ」
 裂地、箱の時代、良い牙蓋、挽家の寸法、
 物凄いエネルギーを費やしたようだ。
 「実を言うと茄子の茶入は60年ほど欲しいと思っていたんだ。
 いいものが出来た」
 と彼は満足気だった。
 良く似た漢作茄子の茶入で徳川家康所持と言われるものがある。この手の茶入は昔から天文学的な値段が付いている品だ。
 なにより売りに出ることがない名品なのだ。
 この会長は物凄い実業家なのに、
 骨董屋から買い取った品を磨いたり、
 時代付けをしたりして楽しみつつ、小遣いを稼いでいるらしい。
 そしてなかなかの化学者でもあるのだ。
 お道具は育て、磨けよ、工夫せよの世界だ。
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