第153回
骨董と人―安くして叱られる話
|
明交趾形物香合荒磯
|
それから一年後、
インドネシアで良い交趾の荒磯香合を見つけた。
美しい黄釉と緑釉の波の間を鯉が跳ね上がっている
見事なものだった。
和尚さんに電話を掛けると、すぐ来いと言われた。
昨今、気が短くなっているので大急ぎで出かけた。
和尚さんには2年に1点ほど小物を買ってもらっている。
僕としてはあんまり偉い人に買ってもらうと
リアクションも大きいので、
和尚さんとは付かず離れずの関係をこれまで保っている。
それにしても、交趾香合にエラク執着をしているのは
以前の失敗をまだ引きずってるからだろう。
「これですが・・・」
と言って箱を置いて紐を解こうとすると、
ひったくられてしまった。
「楽しみは客にやらせるもんや」
と言いながら自分で蓋を開けた。
「オッ!」
と言って取り出した香合の蓋をひっくり返し、胎土を見ている。
さらに香合を掌において上下し、重さを味わっている。
それからおもむろに僕をジーッと見た。
和尚さんはどうやら、品物がわかっていないようだ。
しかし名僧の目が僕の心を射る。
こちらの表情から偽物か本物かを探っているようだ。
こんなことは他でもしょっちゅうあるのでこちらは慣れている。
「置いてゆき」
と猫なで声で言い、優しい顔をした。
何か金額を言うのが憚られる様な響きだったが思い切って言った。
「25万円ですがいいでしょうか」と言った途端、
「馬鹿者!」
と一括された。
「高いですか?」
と怖かったが言い返した。
「キミが持ってくれば300万のものでも25万やろうな。
そんなもんじゃ」
と言って、インターホンを押し秘書に25万もって来させた。
それから僕の顔を見てとろけるような笑顔で
「又良い物もっておいで」と言った。
この勝負、勝ったか負けたか分からないが、
さすがに名刹の高僧だ。
すごいと思った。
|