「骨董ハンター南方見聞録」の島津法樹さんの
道楽と趣味をかねた骨董蒐集の手のうち

第132回
<とぴっく10>
1ドル270円―冷徹なバンカーの予言、銀行は倒産

14,15世紀 宋胡録青磁台鉢

車の中で頭取は
「ノリキさん、日本人はあんなもので茶を飲むのですか?」
と話しかけてきた。
「ティーセレモニーのときに使うんです」と言うと、
少し納得したみたいだった。
何やかや言っているうち大阪の僕の店についてしまった。
中へ案内すると先程の信楽のときとは違って
頭取の目がぎらついてきた。
獲物を見つけたスコッチテリアのようだ。

「オー、素晴らしい!この水注は15世紀のものですね。
 窯はチャリエンでしょう」といって大変な喜びようだ。
一年の間に猛勉強したみたいだった。
彼女もスコータイの魚文の皿を引っ張り出して
テーブルの上に置いている。
僕は東南アジアを駆けずり回って
よいものをわんさかもって帰っていた。
そんな品が店の中にあふれかえっていた。
2人は30点ほどの作品をテーブルの上に並べて
僕の顔を見ながらにっこり笑った。

「これ、君が全部持って帰っていたのか。
 買うから計算してください」
とドキッとするようなことを頭取が言った。
「待って!」と、彼女がその場を遮った。
邪魔されるのかと思ってにらむと、
「これも入れて」と青磁の台鉢を追加された。
僕の計算では全部で4万ドル(700万円くらい)になる。
先程のことがあったので強く、「4万ドルです」と言い切った。
すると頭取はとても複雑な顔をした。
とび色がかった黒い目が悲しそうな色をたたえていた。
口元は何か不満そうにもぐもぐと動いている。
連れの女性もびっくりしたように大きな目を見開いていた。

「高いですか?特別に安くしているつもりですよ」と付け加えた。
「いいえ、あまりに安いのでおどろいてしまった。
 この鉢と水注、私たちはタイで
 4万ドルを超える値段で買ってますよ」と言うのだ。
商売がうまくいったのでディナーを僕がおごることになった。
その席での秘密の会話。

そのころ1978年、
1ドルは180円から190円くらいで円高に振っていた。
どれくらい円高になるか興味があったので頭取に聞いてみた。
「ノリキさん、1ドルは270円くらいが適正な水準だと思う。
 きっとそうなる」と、はっきり言い切った。
それが1995年、80円になった。
僕も海外取引があるので身にしみているが
為替の変動は本当に恐ろしいものだ。

彼の銀行はそれからしばらくしてつぶれてしまった。
頭取は逮捕され、そのニュースが世界中を駆け巡った。
その後どうなったのか知らないが
彼女は助かってカナダにいると噂で聞いた。


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