「骨董ハンター南方見聞録」の島津法樹さんの
道楽と趣味をかねた骨董蒐集の手のうち

第40回
商品学(中国陶磁編)
6.遼三彩−草原の民が作った焼き物

遼は契丹人が起こした遊牧民の国である。
北魏鮮卑族の後を継いだ契丹族は
916年に遼寧省北部の西楼を都とし、上京と呼んだ。

彼らの作った陶磁器は草原の民らしく
素朴で力強くおおらかである。
遼三彩は発見当初釉薬や器形が
唐三彩などと比べ完成度が低い為、
唐以前の作品ではないかとの意見もあった。
しかし、遼寧省北部あたりには唐以前の文化的背景がなく、
唐三彩の流れを汲む遼時代の焼き物と言うことで
遼三彩と呼ばれるようになった。

10世紀はじめから12世紀初頃の
約二百数十年の間に焼かれた草原の陶磁である。
しかし、遼も州窯や定窯に勝るとも劣らない白磁を焼いており、
磁州窯の緑釉にも匹敵する作品も製作している。
この陶磁は遼の都が比較的辺境にあったため
近年まで市場に出回ることがなかった。

15年位前に我国で中国の美術館からもたらされた
三彩展が催された。
その中に遼陶磁が出品されていた。
その遼三彩の殆どが修復されていたことを
今でもはっきりと覚えている。
その後中国大陸出土の遼三彩が
香港やマカオのマーケットに出回りだした。
3ヶ月もすると瞬くうちに香港、マカオの骨董店の店頭に
2,3点くらいは飾られるようになった。
しかしそれも2,3年もすると急速に姿を消してしまった。
日本においても同様で昨今、
遼三彩の優品を展示している骨董店は殆どない状態である。

市場に出回っている遼三彩は仔細に観察すると
完器で美しいものはきわめて少なかったようである。
海外のマーケットでは
良いものとイマイチの作品が混じりあっていて
区別を付けずに販売されているようなところがある。
遼三彩の優品は前記したように比較的数が少なく
良く選んで入手しておけば、今後の値上がりを十分に期待できる。
いま海外のマーケットでは値段はかなり急騰している。
サザビーズやクリスティーズのようなオークションでも
遼三彩の作品の出展が非常に少なくなっているようだ。


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