第12回
実務編(2)
思い込みは損する、本物の話
美人で感じのよい女ディーラー金さんは
いつも良いものを持ってくる。
値段も結構安くて彼女から売り込みに来るという連絡が入ると
出来るだけ店にいるようにしている。
その彼女が「シャチョさん、ホントいいものよ」と言って
白黒象嵌の雲龍文の偏壷を取り出した。
シカゴ美術館にある作品と殆ど同じものだった。
こんなものはあるわけがないと思い
「これはあかんね。」と言ったら
彼女も「そうですか、だめですか」と言って
素直にバックにしまいこんでしまった。
値段も聞かなかったし、
彼女もぼくの言葉を信じたのかサラッとしていた。
それで僕も金さんは偽物だと知っていたのだと思い、
金さんにも注意しないとイッパツかまされるな
というくらいの感じでその商談は流れた。
偏壷にはなんとなく気がかりな点も残っていたが
彼女が帰るときれいさっぱり忘れてしまった。
僕ら骨董屋は一部の人を除いて、
ネチッコイようだが結構さっぱりした人が多い。
2,3日後、また金さんが売り込みにきた。
なんとヴィトンのバックから
19世紀に作られた分院染付の山水を描いた瓶を取り出したのだ。
またコピーかと思ったが
「シャチョさん、好キデス」と言いながらじっと見られたので
まあ見るだけでもと思って染付の瓶を手に取った。
彼女の好キデスは「いい人ですね」という程の意味らしい。
それはそれは素晴らしいできばえの瓶だった。
思わず彼女の顔を見ると
偽物と言わないでくださいね、と言うような顔つきで
僕の目をじっと覗き込んだ。
心の中を覗かれたみたいでドキッとした。
「幾ら?」と聞くと意外と高くなかった。
そんな経緯があって
先日殆ど見もせずに断った偏壷が気になってきた。
「金さん。偏壷まだ持ってる?」
「あるよ。あれ偽物でしょ。明日国にもって帰る。」と言って
もう一つのキャリアにつんだバックをチラッと見下ろした。
「見せてくれる」と言うと
ぎこちない手つきでバックのロックをはずし、偏壷を取り出した。
口の辺りが欠けているが象嵌もはっきりしていて
文句なしの逸品だった。
金さんの話では僕の店以外でも2,3軒当たったらしいが、
誰からも相手にされなかったらしい。
僕はその偏壷を買い取った。
長い間この業界に携わっていて経験を積んでいても
やはり失敗することが時にはある。
その殆どは頭から決めてかかっているときに
そのど壷にはまりこむ。
こんなことはどの業界でもあるだろう。
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