| 第11回実務編(1)
 なぜか惹かれる偽物の壷
 骨董には偽物がつきものだ。これがあるから骨董屋の存在意義があるといっても良い。
 僕が経験したリアルな偽物の話・・・。
 1997年、中朝国境から来たという一人の男が「サヨナラ!」と言いながら飛び込んできた。
 「シャチョサン、茶碗カウカ?」ということで取引が始まった。
 以来彼は月に2,3回結構いいものを持ち込み、
 取引もだんだんと増えてきたある日の事、
 「高麗青磁の素晴らしい瓶があるけれど買うか?」
 と、いつもとは違った重々しい感じで言った。
 鞄から大写しの高麗青磁の素晴らしい瓶が写った
 A4サイズの写真を取り出した。
 大阪市立東洋陶磁美術館に収蔵されている
 陽刻牡丹蓮華文鶴首瓶とよく似たとても魅力的な作品だった。
 ドキッとしたがポーカーフェイスで通した。
 「今丹東にあるが、もってきていいか?」と言うので
 「値が合えばもらうよ」と言って彼と別れた。
 これまでに一度もいい加減なものは無かったので
 彼が来るのを一日千秋の思いで待った。
 「コンニチハ、シャチョサン、北朝鮮から持って来ました」と言って、キムチの匂いを漂わせ子犬のように近づいてきた。
 いつもはたっぷり土の付いた小物をゴソッと持って来るのだが、
 この度は小さなバック一つぶら下げているだけだった。
 「シャチョサン、これです」とバックを突き出した。
 ファスナーをぎゅっと引き降ろすと
 なぜか朝日新聞で包んであった。
 中身は惚れ惚れするような高麗青磁の名品だった。
 「アンタ買うよ。幾ら?」
 「200万です」
 とても安い値段だったがそこは習性と言うものか
 「150万にならんか」と値切った。
 すると「いいですよ」と一発で決まった。
 あまりあっけないので拍子抜けしたが、物は最高で彼が帰ったあとスポットを当て飽かず眺めていた。
 思わず「ムフフフフフ」と含み笑いが出た。
 僕は買い付けが終わると全ての品を熱湯につけるのだが、
 この瓶も同様早速湯につけた。
 湯が冷めるのももどかしく途中で引き上げタオルで拭いて
 ドライヤーで乾かした。
 すると表面に細かいスレが浮き上がってきた。それが一定の方向に規則正しく並んでいるのだ。
 思わずドキッと心臓を握られたような思いがした。
 あわてて高台内の目跡の大きさやその他をチェックした。
 間違いなく偽物だった。
 その場で片っ端から大阪中のホテルに電話して彼を探し出し、
 2割の違約金を払って返品した。
 しかし彼はその作品が偽物だったとは今も信じていない。
 その後この瓶がどこへいったのか僕は知らない。20年のキャリアを突破する偽物が現れた。
 韓国から北朝鮮へ渡り日本へ来たのか、
 日本で入手されたのかわからないが、
 素晴らしい偽物の壷がその辺りをうろうろとしている。
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