第104回
おやじバンドの哀しみ
五十路の坂を越えると、徐々に肉体が崩壊してくる。
歯茎はゆるみ、顔には老人性のシミが浮き出てくる。
記憶力もガタ落ちで、
さっき食べたばかりの昼飯のおかずがどうしても思い出せない。
ナニもすっかり弱くなり、
もっぱら排尿だけの単一機能に成り下がってしまった。
「髪の毛、ずいぶん薄くなったわよ。
てっぺんの地肌が日焼けしてるもの」。
無情な言葉が女房の口から洩れてくる。
ナニは役に立たず、髪は風前のともしび。
皮膚はたるみ、目はかすむ。
こうして男の自信が少しずつ失われていくのだな、
と薄くなった頭を撫でまわしながら、
私は老いの非情さをしみじみ思った。
日本のお父さんは毎日、すし詰めの通勤電車に揺られ、
スケジュール表が空白だと落ち着かないような生活を
数十年も送っている。
起きている子供の顔を見るのは週に二度だけ。
ひたすら家族のために働き続けているが、
妻や子は一片の敬意すら払ってくれない。
それどころか、洗濯時に、おやじのパンツを箸でつまんだりする。
そんな哀れなお父さんたちの静かな逆襲が始まった。
「頑固おやじの会」や「おやじバンド」結成の動きが、
全国的な広がりを見せているのだ。
昭和四〇年代、日本には一大エレキブームが巻き起こった。
もうすぐ定年という団塊の世代は、
当時、ビートルズやベンチャーズに熱狂した
エレキ少年たちだった。
若者たちに「ダサい」だの「ウザい」だのとバカにされている
世のおやじたちも、
かつては細身の身体をしならせエレキをかき鳴らしていた
流行最先端の若者であった。
実はかくいう私もFlying Fossils(空飛ぶ化石)
という名のおやじバンドを結成、
すでに団地の夏祭りでデビューを果たした。
酒を飲むための絶好の隠れ蓑、などと不純な動機で参加した私も、
真剣に練習するうちに、
共に演奏し歌うことの楽しさを実感するようになった。
「恥ずかしいからやめて」
とあれほど反対していた娘たちも、
ライブ演奏を聴いてからは、
この飲んだくれおやじたちを少しは見直してくれたようだ。
錆びつくのはまだ早い。
このまま産業廃棄物にされてなるものか。
たとえ出っ腹で頭のてっぺんが薄くなっても、
女房子供のために一所懸命働いている。
飲んだくれるのにも、それなりのわけがあるのだ、
とおやじバンドのブームの裏で、
哀しい中高年おやじたちの魂の叫びがこだましている。
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