第10回
オトナのしつけ
六年ほど前、
娘の小学校の保護者会でこう発言したことがある。
「子供なんてものは犬や猫と同じ。
きちんとしつけないと世間様の迷惑になる」。
案の定、母親たちは刺すような視線を私に向けた。
人間の子供のしつけを犬猫と同日に論じられたのが
面白くないのである。
でもね、世間をぐるりと見回してご覧なさいな。
犬猫でさえ呆れるほどの破廉恥ぶりが目につくではないか。
先日、近くのホテルに用事があって出かけたら、
二階フロアの一室で幼稚園卒園児の謝恩会をやっていた。
目いっぱい洒落のめした母親たちはおしゃべりに夢中で、
子供たちが部屋を飛び出し、
奇声を上げながら
フロアじゅうを駆け回っていることに気づかない。
いや、何人かの母親はやんわり注意を促してはいた。
が、その注意も
「○△ちゃん、おいたをしちゃいけませんよ」
などというお上品ぶったものだから、
いっこうに“おいた”はやまない。
その騒ぎようがあまりに常軌を逸していると感じた私は、
ホテルマンや他の客の声を代弁し、
母親たちに向かって一喝した。
「こらっ、あんたたちは恥ずかしくないのか。
ここは公共の場ですよ。
子供のしつけひとつできないで、何が親ですか。
恥を知りなさい、恥を!」。
突然見ず知らずのおやじが怒鳴り込んできたものだから、
母親たちは瞬間凍りついた。
そして、ようやく事情が飲み込めたのか、
子供たちを鎮めようと一斉に部屋を飛び出していった。
同じフロアの写真館の女性は
「よくぞ言ってくれました。
近頃、しつけのなってない親や子供が多くて
内心いらいらしていたんです」
とひとり溜飲を下げていた。
そもそも親がしつけられていないから、
子を正しくしつけられない。
しつけのできていない大人や子供は電車内で飯を食ったり、
化粧をしたり、座り込んだりしても恬として恥じない。
「猿の進化して人となれりといふは、
人の進化して猿となるの今日に在りて、
迂腐の見なること疑を容れず」
とは斎藤緑雨の言葉だ。
まったく同感である。
人類はBC400万年前から二足歩行をしているが、
しつけを怠ると先祖返りするのか、
車内や道端に平気で座り込む
“ジベタリアン”がやたらと増えた。
日本人はついにイエローモンキーを地でいくか。
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