第399回
絶望の淵に希望がある
この暮れになって、
たくさんの新刊書が
僕のところに贈られてきました。
すでに、いくつかを紹介して来ましたが
久しぶりに歯ごたえがあるといいますか、
心魂の深奥にズシリと応える、
重厚な長編小説が送られてきました。
「アルベルト・ジャコメッティの椅子」と題する、
俊英作家の山口泉さんが
6年ぶりに沈黙を破って上梓した渾身の力作です。
山口さんの作品については、
長編小説「神聖家族」、評論集「宮沢賢治伝説」
そして、僕の大好きな寓話小説
「オーロラ交響曲の冬」(河出書房新社)などなど、
このコラムでも紹介したことがありますが、
いつも魅了されてしまうのは
どの作品群にも、一貫して、「絶望を希望に変える」――、
超然的予言のテーマが流され続けているからです。
さて、今回の小説の発端は、
異才の彫刻家・ジャコメッティの
1枚の「版画」を主人公の画学生が手に入れるという、
ちょっとミステリアスな描写から始まります。
そして、このジャコメッティが描いた
「椅子の版画」が暗示する謎が、
「閉塞する世界を覆そう」とする
主人公の壮大なる≪企み≫とオーバーラップして、
ついに、全編が、山口さんの得意とする
黙示録(予言警告)的な全体文学として深められていく――、
ここがポイントだと思います。
小説の後半からは、作者自身が
ブログでも語っているように、
「差別の重層性、ハイパー資本主義下の大衆の意識、
藝術と社会、ヨーロッパとアジア、
天皇制日本のメンタリティ、
韓国現代史と日本との関わり……」など、
いまメディアすらタブー視している、
近現代社会の実相が、つぎつぎと濃密に挿入されて、
「世界を覆す物語」としての刻印を押していきます。
とくに韓国の光州事件、100年前の大逆事件の
国民的な反応に関わる比較分析と≪警告≫が圧巻です。
軽口のテレビや、おざなりの小説が持て囃されているいま、
時代のタブーを直視して離さない、こうした予言小説は、
「重苦しい」と感じる人もいるはずです。
しかし、読んでいくうちに
作者が訴える「絶望の淵に希望がある」――
この言葉にグイグイと引き込まれていくはずです。
まるで、泥沼から飛び立つ、
不死鳥の羽ばたきを見るが如き、
勇壮感すら感じるはずです。
年末年始に熟読の1冊としておススメします。
そして、この小説が一貫して暗示する
大切なキーワードを追い求めつつ読んでみて下さい。
「超然→現実」「抽象→写実」に戻って再燃すること――、
ここに、ジャコメッティの「版画」、いや作者自身が訴えたい
「世界を覆す」キーワードが隠されています。
黙示録的作家・山口泉さんにとって、
一大転機となる全体文学の秀作だと思っています。
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