第10回
新鮮な魚は匂わない
先の海辺の小道をたどって行くと、
アンナ港(ポル・アンナport Anna)という
小さいけれど魅力的な風景の港があります。
戦前はシナゴと呼ばれる赤い帆を立てた独特の漁船の基地でした。
古いシナゴは2、3隻しか残っていませんが、
アンナ港は今もれっきとした漁港です。
モルビアン湾岸の港の多くは
ヨットを始めとしたレジャー・ボートのマリーナになっていますが、
このアンナ港は違います。
ここを基地にしている漁師さんの一家の息子が、
久と同じ学校でした。
彼のお母さんは毎週金曜日の朝はセネの村で、
水曜と土曜はヴァンヌのマルシェ(露店市)の魚市場で
魚を売っています。
当然ですがシーズンや天候によって氷の上に並ぶ魚は違うし、
「これ」と思って出かけてもないことも良くありますが、
驚いたのはまったく魚の匂いがしないことでした。
東京生まれの東京育ちで、田舎もありませんでした。
子供の頃から
魚は魚屋さんで買ってさばいてもらうのが普通。
大人になっても自分でするのは稀でした。
とにかく手が魚臭くなるのが嫌だったのです。
ところがここではまったく違いました。
魚に匂いがないのです。
いわゆる魚屋さんだったら、ここでもさばいてもらえますが、
先の彼女のようなところで買う場合、
面倒なことはしてくれません。
家に持ち帰り、自分で鱗を落とし、腸を除き、開くなり
切り身にしなければならないわけです。
実はライアテア島でも時にやりましたが、
なにしろ外の気温が30度近いわけです。
獲れたてで新鮮なはずの魚も
たちまち強い匂いを発していました。
だからここでも恐る恐るさわってみたのです。
ふー、作業完了。
手を軽く水洗いして匂いをかいでも
なんの匂いもしませんでした。驚きでした。
2003年の夏はフランス中が猛暑でうだりましたが、
決まって月曜の朝、
クラクションを合図にして、
小型のバンで獲れたての鰯を売るセネの漁師さんが現れました。
毎週買ってはせっせとさばいて
マリネにしたり焼いたり揚げて食べました。
ご近所のおば様たちも、みんなガウン姿で現れ買っていました。
お値段?
大きさに関わらず12匹で3ユーロ。
我が家はたいていその半分の6匹でした。
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