第246回
友人の実業家から褒められた『再建屋の元祖―新説二宮尊徳』
昭和38年に春秋社から発刊された『新説二宮尊徳』が
昭和58年にQブックスの一冊として
『再建屋の元祖新説二宮尊徳』と題を改めて再版されました。
「『新説・二宮尊徳』の連載中に、
女房と一緒に札幌に行き、旅館で休んでいたら、
深沢さまという方がお見えですと言われた。
誰だろうと思って玄関をのぞいたら
『風流夢譚』で右翼に追われて
流浪していた深沢七郎氏だった。
深沢さんは、Gパンに絹のペラペラのアロハ、
それに金ぶちの色メガネといういでたちで、
うちの女房がどこのチンピラやくざかと驚いていたが、
それが深沢さんと私の初対面だった。
その時、深沢さんは私が人物往来に書いている
二宮尊徳を読んでいます、と言ったので、
私は意外に思い、世の中には変わった、
かくれた読者がいるものだなと、
いまでも印象に残っている。
学生時代に、修身の時間に習った
二宮尊徳のイメージを持った人々にとっては、
私の『新説・二宮尊徳」は奇説、珍談に属するかも知れない。
しかし、私が狙ったのはそういう
既成概念の打破ということであった。
二宮尊徳は私にいわせると、
月賦償還金融と節税運動の始祖であり、
経済大国日本にとって銘記すべき人物である。
私の友人の実業家の中には、数多い私の小説の中で、
この小説が一番面白かったといっている人もある。
しかし、薪を背負って本を読んでいる金次郎の姿は
いまの時代には全然人気がないので、
最初に私の本を出した出版社は
返本の山に悩まされたらしい。
次に、昭和47年、徳間書店から刊行された
『邱永漢自選集』の中に採録された時は、
『東洋の思想家たち』と合本で発行された関係もあって、
一冊も残らず売り切れた。
もっとも一万冊程度の部数では、
私の読者の範囲で簡単に消化されてしまう。」
(『再建屋の元祖―新説二宮尊徳』の「まえがき」)
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