第233回
「さらば息子よ我は行く」から始まる『死に方・辞め方・別れ方』
『プレジデント』誌の昭和57年3月号から
昭和58年10月号まで24回にわたって連載された
『死に方・辞め方・別れ方』が
PHP研究所から発刊されました。
この本は「さらば息子よ我は行く」という章から始まります。
邱さんの「まえがき」はそのへんの事情を伝えています。
「たまたま昭和56年11月1日に
うちの長男の結婚式がホテル・オークラで行われ、
その披露宴のスケジュールについて、
苦心惨憺というほどのことではないが、色々と神経を使ったので、
お客様に退屈を感じさせないで冠婚葬祭の行事を運ぶ実例として、
このエッセイのとっかかりにしようと思った。
『結婚式』と『死に方』にどこに関係があるのか、
ときかれると、ちょっと困るけれども、
息子の結婚式には、親の頭のなかで自分の死の影が一瞬、
矢の早さでかすめてとおる。
世の中には、一生、結婚をしないで独身をとおす人もあるし、
結婚しても子供ができない人もある。
また、息子が結婚をしても年をとったという感覚を
全く持たない人もあるだろうが、息子の結婚は、
三代目をつくる公認の儀式みたいなものであるから、
親の方に実際に年をとったという感覚がなくとも、
心理的には、代替わりの時期を意識させるものがある。
少なくとも、私の場合は娘の時には感じなかったものが、
息子の時には胸にこたえた。
併せて、結婚式は年々、盛大なものになっているが、
その割には新機軸といえるようなアイデアが少ないので、
自分たちの苦心のあとを見てもらおうという気持ちもあった。
実際に書き出してみると、
結婚式の話だけで何と7回も続いたので、
のちに『子育てはお金の教育から』が
ベストセラーズの仲間入りをして、
『女性セブン』の記者が
うちの子供たちから取材をした時に、
『お父さんとつきあって、どういう印象をおもちですか?』
ときいたら、うちの長男は、
『はい勉強になります』と答えた。
『どういう具合に勉強になるのですか?』
と記者が更に攻める手を休めないでいると、
『だって僕の結婚式は長かったといっても、
たったの4時間ですよ。
それを父は7ヶ月に延ばして
飯のタネにしたのですから勉強になりますよネ』
週刊誌に出た記事を見て、
さすがの私も吹き出してしまった。」
(『死に方・辞め方・別れ方』まえがき)
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