第231回
心の垣根をとっぱらってくれた『朝は夜より賢い』
別段自慢になることではありませんが、
私は邱さんの本はその表紙にもなじんでいるせいで
邱さんの本を読んでいる人を見かけると、
アア、あの人、邱さんの本を読んでいる
ということがわかります。
もう10年も前のことですが、
小倉から東京に向かう新幹線に乗ったところ、
山口県の小郡駅から一群の人たちが乗りこんできました
リーダー風の年配のご婦人と若い4、5人の男女の人たちでした。
そのうちこのご婦人が私と通路を隔てた隣の席に坐りました。
ご婦人はバッグの中から一冊の文庫本をとり出して
一冊の本を読みはじめました。
チラッと見るとそれがPHP文庫から出版された
邱さんの本であることがわかりました。
不思議なもので、あかの他人でも、
自分が愛読している作家の作品を読んでいる人を見ると、
親しみを感じます。
少し時間がたってから、私はそのご婦人に
「邱永漢さんのご本をお読みですね」
と声をかけました。
すると、ご婦人は本から顔をあげ、私の方を向いて
いかにも感じ入ったといった表情で
「この本、いい本ですね」
とため息まじりで応じてくれました。
そのご婦人が読んでいたのが『朝は夜より賢い』なのです。
このやりとりで、私はご婦人と会話が進み、
ご婦人が整体の先生で、若い人たちがトレーナーの卵で
一緒に東京へ講習を受けに行くところだということがわかりました。
そして道中、6人がけの席があいたので
私はご婦人と整体の若い先生たちと一緒に雑談し、
初めて耳にした整体と云う言葉に興味をもち、
後日、自宅に整体の本を送ってもらったりしました。
すぐれた作品には見知らぬ人と人の間に立っている垣根を
とっぱらってくれる力があることを
体験させていただきました。
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