第192回
40歳を超えた人たちの目をひく『ダテに年はとらず』
邱さんは、『ダテに年はとらず』を執筆した翌々年に
『野心家の時間割』という本を出版しました。
この作品の中で
「本の題名は人の目を引くものであることが必要」
という趣旨の文章を書きましたが、
その際『ダテに年はとらず』に言及し、
この本のタイトルが決まった舞台裏を開陳しました。
「ある時、中年から上になったら、
どんな生き方をすればよいかについて
一冊の本を書いたことがあった。
いまの時代が若者にとってシラケの時代だとしたら、
中年にとっては明らかにイジケの時代である。
せっかく若者よりは多くの体験を積んできたのだから、
もっと生きてよいのではないかと私は思い、
そういった内容の本を心がけた。
書きあげた段階で、まだ題名を決めかねていた時に、
娘や息子たちとすし屋で落ちあった。
すし屋のカウンターで箸袋をひろげて、
私が『成熟社会のライフスタイル』とか
『熟年の生活設計』とか、
ごくありふれた題名からはじまって、
『ダテに年はとらず』といくつかのタイトルを書き出したところ、
隣に座っていた娘が即座に、
『ダテに年はとらず』というのを指さして、
『これがいい』といった。
『どうして?』と私が聞きかえしたら、娘が笑いながら、
『パパの自己顕示欲がよく表れていてよいじゃない?』
居並ぶ人がドッと笑ったので、たちまちきまってしまった。
『男の人の自信のない生き方に対して、
今の女の人は本能的に嫌悪感を抱いているので、
こういう題にすると、頼もしく感ずるのよ』
と娘は注釈をつけた。
私も実はこれがいちばんいまの熟年の心に
響くのではないかと思っていたので、娘の意見に従ったが、
この本ができあがってサイン会などでペンを走らせていると、
数多い私の本のなかで多くの人の手がしぜんに
このタイトルのところにのびてくる。
『ダテに年をとっているからなあ』
と言い訳をしながら、題名だけで本を買っていくのである。
つい最近も、近来とみに人気のでてきた
ファッション・デザイナーの三宅一生さんと
対談をしている最中に、一生さんが、突然、
『いつかは、やはりダテに年はとっていないぞ、
年をとればいい服ができるんだぞ、
というような服をつくりたいと思っているんです』
といった。間髪を入れず、
『では僕の“ダテに年をとらず”を読んでください』
といって拙著を一冊進呈したら、大笑いになった。
どうやら人生も40歳をこえてくると、
年齢とか時間のことが心に重くのしかかって
くるらしいのである。」
(『野心家の時間割』。昭和59年)
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