第159回
変化の時代の遊泳術を伝える『悪い世の中に生きる知恵』
「悪い世の中に生きる知恵」は昭和53年10月から
昭和54年6月まで『週刊ポスト』誌に連載され、
昭和54年8月に発刊された作品です。
「今、私たちが住んでいる世の中がはたして
『悪い世の中』であるかどうかは議論のあるところである。
ちょっとでも冷害があったら、
すぐ娘を売らなければならなかった時代や、
赤紙一枚で戦争に借り出された時代に比べて、
今日が悪い時代であると言いはるには考えたって無理がある。
また1億1千万人の住んでいるこの日本の国が、
アフリカや中近東や東南アジアの国々に比べて、
遥かに立派な国であることは、衆人の認めるところであろう。
だから絶頂期に比べて、商売がしにくくなったとか、
失業者が増えたかと言うくらいのことで
『悪い世の中』になったと決めつけるわけにはいかないと思う。
にもかかわらず『悪い世の中』という認識は
広く人々の心の底に根をおろしている。
ちょうどダウの高値を体験した株式投資家が、
スターリン暴落の時代や、
ケネディ・ショックの時代のことはすっかり忘れて、
ダウ6千円を割っても大暴落だと
騒いでいるようなものである。
欲が深いといってしまえばそれまでだが、
本来人間の欲の深さは尽きることがないのだから、
これは当然の認識だといわなければならないだろう。
つまり『悪い世の中』とは食うや食わずの
飢餓線上をさまよう世の中のことではなくて、
高度成長期にも遭遇しなかったような新しいトラブルに
直面させられる世の中ということなのである。
そういう『悪い世の中』をどう生きるかは、
私たちに共通の問題だが、この問題の解答者として、
私が一番適当な人間ということではない。
ただ、私は、日本が高度成長をして世界の富裕国に
おどり出るだろうことを予言した数少ない人々の一人であること、
また私の経済学は天下国家を論ずる
大上段に構えた『治国学』でなく、
『欲と二人連れ』で世の中の変化にどう対処していくかという
『斉家学』であるために、
週刊誌の読者向きであると考えられたのであろう。」
(『悪い世の中』まえがき)
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