Qさんの本を読むのが何よりスキ
という戸田敦也さんがQライブラリーのガイド役をつとめます

第156回
アジアの歴史を一人の女性の有為転変に託す小説
『女の国籍(上)(下)』・その3

「しかし、海の仕事に馴染まない小白龍が
新天地を求めて山西へ去ったので、
華子は日支事変の勃発するさなかを
上海へ逃げて、フランス疎開の杜月笙の邸の
お向かいに住むようになった。
青幇の大ボス、上海のフィクサー杜月笙は
日本軍からもっとも渇望された人物だが、
華子に心ひかれながらも、
香港へ脱出しさらに大東亜戦争直前に重慶に逃れ、
地下工作員を動員して、上海の日本軍とテロ戦を展開した。

そのあいだ、華子は両者の間に立ちながらも、
中国人のために尽くしたが、戦争が終わると、
『日本人だから、日本にかえれ』と言われ、
死ぬほどびっくりした。
彼女が日本人でありながら、台湾人であったり、
あるいは中国人として振舞うと、
台湾人や中国人からとても歓迎された。
それは『強い国籍』の人間が『弱い国籍』を選んで、
『弱い国籍』の人から仲間扱いを受けたからである。

ところが、日本の敗戦によって彼我の形勢が一転すると、
もう誰も彼女が中国人のためにあれだけ尽くしたことは
思い出してくれない。
なぜなら、人々は彼女が『弱い国籍』の人間のくせに、
『強い国籍』を欲しがっていると思ったからである。
大正8年から昭和2年までにかかって、
華子は『女は結婚した男の国籍について
まわるものとばかり思っていたのに』
『女にも国籍があることを発見したのである』」
(「私のマドンナ」『食べて儲けて考えて』に収録)

「この小説の主人公のモデルは誰かとよくきかれる。
小説は根も歯もある嘘八百だそうだから
根も葉もないわけではない。
李香蘭にも似ているし、川島芳子にも似ているし、
また本当に家族の令嬢で台湾の金持ちに嫁入りした女性もある。
しかし、私が小説書きになってから25年、
心の中で温めていた理想の女は、
流通新聞の紙面に姿を洗わしたとたんに、
もはやどうしても私の言うことをきかなくなり、
勝手にアジアの嵐のなかを一人歩きする
ようになってしまったのである。」(同上)


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2003年1月30日(木)

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