第98回
成長経済下の世の移り変わりを描いた「いどばた論語」
昭和38年から昭和39年にかけ邱さんは
日本経済新聞の婦人欄に
「いどばた論語」を連載しました。
「『世の中ずいぶん変りつつあるけれども、
どういう具合に変りつつあるのか。
またそういう世の中に処してどう生きていけばよいのか、
多くの人々が戸惑っていると思うんです。
ひとつそこのところを御教示願いたいのです』
婦人部長の佐藤文三さんが言った。
御教示云々は、もちろん挨拶コトバであろうが、
とても人に教えるような立場にはない。
ただ、世の中がどう変わりつつあるかということに対しては、
私なりの見方もあるし、それを誰にでもわかるように
平明に書くことならば多少自信もある。」
(『いどばた論語』あとがき)
ということでこの連載がはじまりました。
この作品は初出版から30年ばかりたった平成3年に
邱永漢ベストセラーズの一冊として再版されました。
そのまえがきで邱さんは執筆時を回顧し
「あの頃はやっと成長経済が定着したばかりで、
俄かに金回りのよくなった日本人の周辺に家庭をめぐって次々と
新しい変化が起こった時期であった。
家庭関係をはじめ、生活の上に起こった
これらの変化に対処するための知恵が必要だった。
今までにない新しい角度から日常の出来事をとらえた
私の連載は多くの読者に迎えられた」
(邱永漢ベストセラーズ版『いどばた論語』まえがき)
と書いています。
この作品は、平成の時代に入ってから韓国でも出版されました。
「韓国は『日本に追いつけ、日本を追い越せ』を
スローガンにして頑張ってきた国だから、
私の著書がたくさん翻訳出版されており、
かなりの売れ行きを示している。
金儲けの本だけでなく、
今になってこの本にめぼしをつけたところを見ると、
経済の発展する過程で、
日本と似た社会現象が次々と起こっているのであろう。
やはりある程度の豊かさに恵まれるようになると、
人間の愛憎も、欲望も、また職業に対する要求も
過去とは違ったものになるのである」(同上)。
なおこの本で追究した同じテーマを
平成の時代に入って追った作品として、『金持ちのアキレス腱』
(平成3年、日本経済新聞)があることを書き添えておきます。
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