第91回
食べ物随筆の第三集は「食膳食後−漢方の話」
株式投資、不動産投資、コンサルティング、洗濯屋、砂利屋と
邱さんの守備範囲は広がりますが、文章を書くという作業が
忘れ去られたわけではありません。
『食は広州に在り』『象牙の箸』に続き
昭和35年から36年まで『あまカラ』に書いた、
「食前食後−漢方の話」が
食べ物に関するエッセイの第三集として、
婦人画報社から出版されました。
この作品はのちに出版される『奥様はお料理がお好き』と
あわせて昭和46年に邱永漢自選集の一冊として再版され、
昭和55年には中公文庫として出版されました。
この文庫版のあとがきで邱さんは
執筆当時のことを振り返っています。
「食べ物の本も二冊も書くと、だんだん追いつめられて、
美味ということだけでなく、身体によいとか、
よくないとか言ったクスリの分野に入り込んで行った。」
(中公文庫版『食前食後-漢方の話』)
この作品を書いた頃の邱さんは
30代後半にさしかかったばかりでした。
「一番困ったのは、自分がその病気にかかったこともなく、
その病気に効く食事療法をしたこともないのに、
そのことについて書かなければならなかったことである。
もう一つ困ったのは、病気の話を書いているうちに、
自分がその病気にかかったような妄想にとらわれて、
何となく身体がもそもそして落ち着かなかったことである。
小説を書くときは、主人公の喜怒哀楽が
そのまま作者に移ることがしばしばあるが、
エッセイを書いていて、同じ気分になることは
不思議なことであった。」(同上)
さて、この本が出版されてから漢方が評価されるようになり、
漢方ブームが到来します。
この本は第二回目の全集であるQブックシリーズの一冊として、
また邱永漢ベストシリーズ版の21としても再版されています。
このベストシリーズ版のあとがきで邱さんは書いています。
「漢の時代に集大成された医学が連綿と伝わって
今日に至ってるという意味で漢方と呼ぶのだろうが
古来から伝わる漢方は何千年という風雪に耐えてきた。
漢の時代に集大成された医学が連綿と伝わって
今日に至っているという意味で漢方と呼ぶのだろうが、
もとより西方医学に対抗して
古くから中国に伝わってきた処方のことである。(略)
最近では日本でも漢方を見なおす気風が高まり、
気学をはじめ、鍼などが次々と紹介されている。
なかでも神経痛とか、骨のズレから生じるぎっくり腰などは
漢方の独占場といってよいであろう。
またふだん食べる物が人間の身体に影響するという考え方は、
中国には何千年も前からある経験則であるが、
西洋医学もようやくその重要性を認めるようになった。
双方がお互いに相手を研究し、理解しあうことが
私たちの健康に大きく寄与するだろうことはまず間違いがない。
昨今のように、毎日、日本と中国の間を駆けまわるようになると、
ますますその感を深くするする」
(邱永漢ベストシリーズ版『食前・食後―漢方の話』まえがき)
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