九、『ミシュラン』『あまカラ』『東京いい店うまい店』

『東京いい店うまい店』という、文藝春秋から毎年、少しずつ改訂されて出版されているガイド・ブックがある。これはフランスの『ミシュラン』『クレベール・コロンブ』『ゴーミヨー』を見習ってつくられたものであろう。もとより一九〇〇年に初版を出し、毎年、莫大な費用をかけてつくられた『ミシュラン』には及びもつかないが、それでもほかに適当な参考書が見当らないので、私などは必ず買って、手近な机の上においてある。いざどこに行こうかというときに、いつも同じところでは開拓精神に欠けるところがあるので、ついこの『いい店うまい店』にたよってしまうのである。

にもかかわらず、この本が『ミシュラン』にかなわないといったのは、この本には常連執筆陣が五人ほどいるが、それぞれ味の好みが違っていること、また日本人には権威主義的なところがあってノレンに威圧されがちなこと、きらに、個人的なつきあいがあったり、親切にしてもらったりしたために、つい義理人情のとりこになったりすることがあるのに対して、『ミシュラン』は、いつ誰がどこへ行って飯を食ったか、レストラン側にわからない仕組みになっているからである。

つい先月も、私はニースの海岸沿いの「レゼルブ・ド・ボリュー」という宿に泊っていて、カンヌに近い海岸から山の中にちょっと入った「ムーラン・ド・ムージャン」という三つ星のレストランに食事に行ったことがあった。山の中まで行って、帰りにまた二ースからタクシーを呼んでもらうと、高い料金を取られて、結局、同じことになるから、リムジンをおやといになって、帰るまで待ってもらったらどうですか、と宿のコンサルジェにいわれた。待たせて往復してもらっていくらですかときいたら、千三百フランだという。たった一食の夕食のために、タクシー代五万二千円也はいかにも高いと思ったが、どうせ無駄のしついでだから、えいッと跳びおりたつもりになってたのんだら、ベンツのリムジンに英語のわかるショウファがついてきた。ムージャンまで車で一時間かかるといわれたが、実際には高速道路を走ると、三十分くらいで着いてしまう。時間があまりすぎたので、途中、二ースの街中をあちこち案内してくれ、ビクトリア女王が夏になると、家臣を引きつれて泊りにきたというホテルで、いまはコンドミニアムになっているところだとか、ビクトリア女王の銅像を見せてくれたりした。また二ースの海山通りをどうして「イギリス人の散歩道」(プロムナード・アングレー)と呼ぶようになったかというと、ビクトリア女王についてきたイギリス人の貴族たちが大勢でしょっちゅう散歩していたからだ、という説明をしてくれたりした。

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