トップページ > 炎のシェフ泊のメモ帳 > バックナンバー

   隔週水曜日更新
23. 思い出話 II

私が滞在していた2000年ぐらいから
おそらくイタリア国内で寿司ブームが始まったと感じています。
私も在伊中2回ほどミラノにある日本料理屋さんに足を運びました。
知り合うイタリア人に幾度と無く「お寿司は作れるか?」と聞かれたことを憶えています。
正確にいつ頃オープンしたのかは覚えていませんが、
ミラノに「リストランテ・ノブ」がオープンし
連日満席で予約の取れないレストランと友人から聞きました。

ピエモンテ州、ダヴィデのレストランでも二度頼まれお寿司を握りました。
(注意:私はイタリア料理人でイタリアへ来てお寿司を覚えました。)
一階のワインショップの大部屋でイタリア人の写真家が
日本をモチーフにして撮った写真を展示するイベントがあった時に出す料理で、
出来ればお寿司が欲しいとお願いされ作ったのです。
イタリアへ来て2度目だったので手際良く作れ私自身満足のいく出来だったと思います。

そして半年ほど経ったある日、
とあるイタリア人女性から直接私の携帯に連絡がありました。
伊女性「以前ダヴィデのレストランでお寿司を作ったのはあなたですか?」
私   「はい、そうですが。」
伊女性「実はあなたに御願いしたい事があります。
     直接お話したいのでお会いできますか?」

翌日その方にお会いして驚きの連続です。
その女性は私が生活していた町にある病院の看護婦さんで、
以前私がお菓子を勉強する為働かして頂いた
お菓子屋さんの職人の方のお姉さんでした。
そして、以前の写真家のイベントに参列していて、
その時のお寿司を食べて感動したと言うのです。

私は嬉しさ半分恥ずかしさ半分に聞いていると、
伊女性「一週間後に私の知人が結婚記念日でホームパーティーをするのだけれど、
     その時にあなたに来て頂きお寿司を握って欲しいのです。
     もちろんこれは仕事としてやって欲しいので材料費はこちらで負担します。
     あと謝礼もお渡しするのでお願いできますか?」
私は声を大にして言いました。
    「私は日本人ではあるけれどイタリア料理人で
     そんな大事なパーティーで出せるほどのお寿司を作れるような職人ではありません。
     調理師学校で習っただけで、ましてやそれでお金を貰うなんてとんでもない。」
伊女性「シェフダヴィデからあなたはとってもブラボーだと聞いていますし、
     以前食べたお寿司は素晴らしかったですよ。
     私の大切な友人のパーティーだから御願いしているのです。」

私は彼女の勢いに根負けし引き受けることにしました。

続く


2008年1月9日 <<前へ  次へ>>