店長と調理長が揃ったところで、
まずは早速社内ではじめての試食会を開くことにしました。
当たり前ですが、食い物をいくら口で説明したこところで、
一見にしかずではないですが、「百聞は一口にしかず」です。
ところで、以前お話ししたとおり私は成都で焼肉屋を大成功させる自信がありました。
それは、私にちょっとした経験があったから、いや、むしろ味に自信があったからです。
その味というのは、私の日本の実家の焼肉屋で使っている、
うちのおばあちゃんから代々伝わる"もみダレ"でした。
このもみダレは、選び抜いた米麹、八丁味噌、
日本産のとうがらし、韓国産のとうがらし等々を直径1メートル近い大なべに注ぎいれ、
それを水あめとともに火にかけて
ゆっくりと30分ぐらいかけながら混ぜるという作り方をするものです。
これがなんとも不思議な辛さと甘さの絶妙なハーモニーを生み出し、
牛肉そのもの独自の甘さをさらに深いものにするのでした。
話を戻すと、私にはこのタレが唯一のよりどころでした。
このタレがなければ、到底焼肉屋をやることを引き受けることもなかった
といってもいいぐらいでした。
それなのに・・・。
はじめての試食会はさんざんでした。
中国内でたいした牛肉が見つからなかったので、
内モンゴル産の牛肉を使い、秘伝のタレを使った味は、
うちの従業員にことごとく
「うわっ、なんだこの甘さは。」
というようなしかめっ面をされ、
さすがに社長の私には直接言いづらいだろうと用意した
社内アンケート用紙を使うまでもなく、「これまずいです。」と全否定。
にわかに社員の反応が信じられず、
「こいつらほんと焼肉がわかんないやつらだな。」とつぶやく傍ら、
別の現地の友人にも食べさせたところやはり同じ反応。
ましてや、数日後に私の父が日本から持ってきた
ブランド牛"飛騨牛"のステーキを食べさせても
「なんか、油っぽくてくどいですね。」
「いや、おいしいことはおいしいけど、なんかひとかけらで十分って感じですか。」
とこれまた全敗モード。
おいおい、お前たち和牛の味まで否定するとはなんたる・・・とつぶやくものの、
わからないものはしょうがない。
この市場でいったい何を提供したら喜んでもらえるのか?
自信が一気に崩れ落ち、暗礁に乗り上げてしまいました。
恥ずかしながら、市場が異なるということが
事業推進上これほど大きな壁になるとは予想もしていませんでした。
何度も何度も、場所を変え人を変え試食を繰り返し、
「このタレで駄目なことは明白だ。いちからやり直そう。」という結論に至りました。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
自分にとって大切だったものを切り捨てることは苦痛でした。
勇気のいる決断だったのです。
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