旅行記者・緒方信一郎さんの
読んでトクする旅の話

第111回
もし人並み外れた体力がなかったら

「あそこは俺たちでも近づけない」
友人が遭難したようだと告げた私に、
東京から移住したという地元の青年団の方はそう答えました。
友人が波に攫われたところは、ビーチからそれほど遠くない。
肉眼でもよく見えました。
ですが、さんご礁の切れ目で、急に潮の流れが変わる。
さらに波がいわば渦巻いている状態。さらに、台風が去った後で、
しけも加わるという最悪の場所だったのです。

「それでは、ただ黙って見過ごすしかないんですか」
私は、そう言うしかありませんでした。
すでに、友人の姿が見えなくなって30分以上が過ぎていました。
青年団の方は、「一人だけ近づける人がいる」と言って、
誰かを呼びに行きました。
なぜか、私は友人が助かるという確信めいたものがあったのですが、
一人で待っている時間はとても長く感じます。
やがて現れたのは、村の言わば長老。なんと日本語を話せません。
おそらく60歳を超えていると思われる方で、
その長老に、友人を助けに行ってもらうように頼みました。

青年団の方が間に入って通訳してくれましたが、
なかなか動いてくれない。それだけ救出が困難な場所だった。
助けに行った人も遭難する恐れがあるというのです。
そこをなんとかしてくれるように粘り強くお願いしました。
それから、さらに30分くらい過ぎた頃でしょうか。
長老が、突然助けに行ってくれることになりました。
私にはまったく分かりませんでしたが、
風と波が助けに行ける状態に変わったようでした。

ここから先は、後で聞いた話ですが、
助けに行ったとき、友人はまだ泳ぎ続けていたそうです。
ただ、普通に泳ぐのとは訳が違います。
浮き上がったと思うと、激しい波にのまれて海底に叩きつけられる。
そして、自力で浮き上がり、また海底に叩きつけられる。
それを永遠と繰り返していたのです。
助けられたときは、遭難してから2時間近くたっていました。
老人や子供や女性はもちろん、男性でも、
並大抵の体力では、とてもそんなふうに泳ぎ続けられないそうです。
ですが、彼は高校時代にラグビーをやっていて、
ずば抜けた体力があり、それで助かることができたようです。
後で、地元に残って青年団に入ってくれないかと、
長老に頼まれていたくらいですから、
彼には超人的とも言える体力があったのでしょう。
当時、私たちは21歳でしたから、若さもあった。
それにしても、もし私も一緒に沖に出ていたら、
誰も私たちが遭難したことに気付かなかったわけです。
それを考えるとゾッとします。

最近、特に海外はビーチリゾートがブームですが、
多くのビーチは入り江になっていて、
ある一定の場所から先は潮の流れが変わります。
ポピュラーなビーチならブイなどを浮かべて、
危険な場所へ行かないようにアナウンスされている。
しかし、流行の隠れ家リゾート近辺にあるようなビーチは、
あまり人が多くありません。
自分でどこが危険かを判断しなければならないかもしれない。
それが恐いと思う人は、浜辺で日焼けに勤しむか、
マッサージをするか、あるいはホテルのプールで寛ぐか。
無理して海に出ず、そんな過ごし方をした方がいいかもしれません。


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