第1747回
ホメオパシーも、人智学も
18世紀末から19世紀末にかけての医学都市ウイーンとは
まさに近代医学への生みの苦しみの時代だった――、
「中世魔術医学」と
「近代解剖医学」の錯綜する混沌の100年だった――、
という、ウイーン医学「ふしぎ三角地帯」探訪の話の続きです。
前にも書きましたように、
19世紀末といえば、
ウイーン大学医学部外科教授テオドール・ビルロートが
世界初の胃ガン手術を施した時期であり、
時を同じくして、ドイツではコッホが細菌学を確立、
フランスでもパスツールが狂犬病予防法を発表、
まさに「体の解剖」を徹底する
近代医学の幕開けの時代でありました。
そして、多くの医師たちがウイーン大学とその界隈にある、
医学史博物館(ヨゼフィーヌム)や病理・解剖学博物館の
人体模型を見たり、実際に人体解剖を繰り返しながら、、
魔術的医学から科学的医学へ、
近代医学の確立に邁進したことになります。
しかし、いまの21世紀、日本の多くの病院や医師が
「機械的医学」といいますか、
「体の解剖医学」のみに妄信していますが、
西洋医学の先人たちは
「身魂心」全体を見つめて邁進していたことが、
ウイーン大学界隈を探訪しているとよくわかります。
近代医学とは決して「臓器解剖医学至上主義」ではなく、
「体の解剖学」を超えて「心魂の解剖学」に迫る、
いわば、人間のいのち丸ごとのホリスティックな視点から、
常に捉えられ、
紆余曲折しながら発達してきたのだと思います。
僕が興味を抱いた、ウイーン医学の「三角地帯」――、
●医学史博物館ヨゼフィーヌム (Josephinum.)
●病理・解剖学博物館(Pathologisch-Anatomisches
Bundesmuseum )
●フロイト博物館(Siegmund-Freud-Museum)
ふしぎ博物館にある一見、
グロテスクに見える蝋細工人形にしても、
ただの臓器医学的資料ではなく、
その精緻な生命世界を凝視すればするほど、
ますます人間とは「体」のみにあらず。
「心魂」の潜む、
ふしぎな“生命空間”を内蔵していることを実感するはずです。
なんと、人間のいのちとは神秘的なのか?
人間は決して機械と同じではない!
患者は壊れた機械ではない!
病気は「身魂心」のいのち丸ごとを診る、
ホリスティックな発想が大切なのだと・・・
誰しもが実感するはずです。
近代医学とは、この100年、200年の間、
「体の解剖学」「臓器医学」としてのみ、
立証的に進歩してきたと思われがちですが、
決してそうではありません。
それに並行して「心魂の解剖学」に基づく
「自然療法」や「精神療法」の分野も
科学的に驚異的に進歩したことになります。
中世の悪魔祓い魔術を超えた科学的手法で「心魂を解剖」する
フロイトやユングによる精神医学、
臨床心理学が花開いたのもこの時期です。
フロイトは、1881年ウィーン大学卒業。
1885年、ウィーン大学医学部の神経病理学の講師となり、
夢に興味をもつ催眠暗示法を治療として採用。
1908年、ザルツブルクでユングらと共に
『国際精神分析学会』を開催しています。
また、人智学(アントロポゾフィー)という、
独自の「身魂心」の精神科学を確立したルドルフ・シュタイナーは
オーストリア・ハンガリー帝国領(現クロアチア領
)の小さな村に生まれた人ですが、
ウイーン大学の近くのウィーン工科大学で
自然科学・数学・哲学を学び、ゲーテ研究・著述家として
19世紀末ウィーンで活躍していました。
それに先立つこと100年、18世紀末、
西洋の漢方といわれる「ホメオパシー」医療の創始者・
医師サミュエル・ハーネマンがウィーンで活躍しておりました。
当時、主流となっていた、
毒を取るには血を大量に取るという瀉血療法に反対して、
鉱物・植物・動物のエキス(レメディ)を薄めて服薬させる――、
患者の自然治癒力が、
何かの弾みに攪乱されたのが「病気」であるから、
その患者の波動に合ったレメディを処方すれば
生命力のリズムは回復する――と、
患者全体の健康を損ねる対症療法(アロパシー)に抗する
「身魂心」医療=ホメオパシーを考案したのはこの時期です。
臓器医学も自然療法も双方が、世紀末ウイーンを舞台に、
科学的で論理的な「近代いのち学」として花開いたのです。
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