第844回
続・安岡章太郎/著「雁行集」を読む
敬愛する作家のおひとり、安岡章太郎さんから
「雁行集」という随筆集が、
送られてきた話の続きです。
この50年間に及ぶ珠玉の随筆集が、
何ゆえに「雁行集」という題名なのかというと、
本の帯に、そのいわく因縁がしたためられております。
「両親、師、友、仲間…。絵画、音楽、映画…。
いま、その大半は失われたけれど、
折節に積み重なった「出会い」と
「交流」の憶い出は、
天高く隊列をなして飛びゆく“雁行”にも似て、
それぞれは独自の「点」でありながら、
巧まざる“縁”の「線」となって、
気高く、いとおしく、いい知れず美しい。」
すでに他界された、
僚友の遠藤周作さん、吉行淳之介さんらとの
交友秘話はもとより、
安岡さんが尊敬する作家の佐藤春夫さん、そして
90有余年の人生を全うされた井伏鱒二さん・・・
安岡さんのうらやましいような「人生の縁」の数々が、
愉しい思い出の作品のつながりとなって、
まるで、空ゆく雁の一群の隊列ように
万感の思いを込めて、見事に演出構成されているわけです。
作家・河上徹太郎さんと
井伏さんの1975年の対談集にふれて、
こんな文章があります。
*
〈「もう死のう、井伏」
「うん。死ぬか、しかしもうちょっと待て」〉
この絶妙のセリフで幕を閉じた対談は(略)、
河上さんの亡くなる五年前のことであった。(略)
そして、一九九三年七月には、
井伏さんも最後の巨木の如くに仆れられた。(略)
この時期を以って、現代日本文学は大変貌をとげ、
目下『大往生』なる本がミリオン・セラーとなって、
洛陽の紙価を暴騰せしめつつある由、ああ。
(1996年6月)
*
僕がこうした大作家の安岡章太郎さんとどうして、
知り合ったかについては省かせてもらいますが、
誰でもが、人生の師と仰ぎたくなるような
大先輩との縁をいくつか持っているわけですが、
僕にとって、安岡さんはとくに大切なお一人です。
決して、昔のような軍国主義の時代であろうと、
いまのようにうわべの自由奔放な時代であろうと、
お仕着せの生き方や権力におもねらない、
どこまでも自分が自然であることを曲げない、
そのしなやかな偏屈さが
僕はとても好きで、
いわば、奥様のご好意とでもいいますか、
安岡家の台所の入り口の端っこから、
そっと出入りするように、
お付き合いさせていただいております。
はるか彼方、天空に隊列を成す、
安岡人脈のきらめくような“雁行”を眺めながら、
なぜか、30年近く、安岡さんの影の最後尾から
忍び足で“尾行”を続けているような縁なのです。
その大作家の安岡さんも、家庭にいれば、
“ゴリちゃん、ゴリちゃん”と
愉快なニックネームで奥様から呼ばれています。
若き日に脊椎カリエスを患って、
胸部コルセットをはめ、
これをゴリゴリと叩いたので命名されたと聞きましたが、
どうしためぐり合わせか、
僕もこの歳で、椎間板ヘルニアに襲われて、
乳下から腰にかけて
大きなコルセットをはめる羽目になりましたので、
今度は、“コルセットつながり”で
愉しい話をたっぷりと伺えそうな気がしております。
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