第394回
僕の年齢は“40億50歳”!
ベストセラー「大往生」の著者・永六輔さんの第二弾に
「二度目の大往生」(岩波新書)という新書があります。
その中の講演集を読むと独特のトーンで分かりやすく、
死と哲学について語っているところがあります。
ものごとの道理を知る哲学がすべての学問のもとだと説き、
また生物、つまり生命の始まりはは35億年前と紹介しています。
寿命は生まれ歳に35億年を足して考えると、
死や人生の考え方が替わって来ると述べています。
面白い発想でしょう。ぜひ再読してみて下さい。
つまり、永六輔さん、帯津良一博士、
そして柳澤桂子さんやフランスの生物学者の伝を借りれば、
「35億50歳」とか
「40億50歳」とか
「150億50歳」とか、
こうした生物年齢で己のポジションをダイナミックに考えてみると、
長寿難病時代の処世学も死生観も変わってくるというわけです。
前にも書いたように、
生物40億年は“生命の大河”であり、
わが命は“大河の一滴”という発想です。
ガンにしても、痴呆にしても決して他人事ではなく、
「明日はわが身」の長寿難病問題です。
生死の際をさまよった人の大半が、
ただ漠然と運命、宿命、前世、因果と己の生死を神仏頼みにし、
大往生を夢見ることになりますが、
いまや誰でもが80歳、100歳
いや120歳まで生きる可能性を持っています。
大往生の境地に至るまでに、
より大きな命のモノサシで、
わが命、わが後半生について、
しっかりと考えるべき時代がきたのではないでしょうか?
まえにも書きましたが、
僕の主治医の帯津医師は科学者らしく、
仏教で説く輪廻に想いをめぐらしつつ、
わが命もビッグバン=宇宙創生の150億年を駆け巡る
生命エネルギーの旅なのだろうという持論を
著書に書いておられます。
わが命は生命40億年の大河の一滴――
わが命は宇宙自然の中の小さな命――
そう感じたときにサムシンググレート?
母なる大宇宙?
人間は大きな命に包まれた温かさを覚えるのではないでしょうか?
母に抱かれた赤子のような気持ちになるのではないでしょうか?
それを神、仏と崇める人もいるでしょうが、
僕自身にしても“わが命は40億60歳”という
宇宙自然エネルギーの一体化の発想に目覚めたとき、
あれだけ不安で仕方なかったガン闘病法が、
じつにゆったりとしたものに変わっていきました。
大学病院の手術や抗ガン剤や放射線だけに頼らないで、
呼吸法や食事療法も取り入れよう。
漢方薬や免疫療法の知恵もいただこう。
この“いいところ取りの養生法”を
スローヘルス(しなやかな)処世養生術と命名したのですが、
いまや自然治癒力が心身に満ち満ちてきて、
いわゆる5年延命率ならぬ、
元気で快い“5年健存率”を掴み取る、
そうした僥倖も得ることができたわけです。
「生物の遺伝子とは40億年、
突然変異を繰り返して延命してきたのだ」
「たとえ人生途上で大病に倒れても精一杯生きる自由があるのだ」
「自然治癒力を信じて、もっと心身の養生に励んでみよう」
「まだまだ自分には世のため人のためになる仕事が
残っているではないか」と、
まるで天からの啓示の直撃でも受けたかのように
逆発想の知恵が芽生えてきたことになります。
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