第4101回
金銭ケースばかり売れる文章のデパート
もともと私は学校も東大の経済学部を選び、
同じ経済学部でも商業学科を卒業したのですから、
商業畑で一生を貫いたとしても、さして不思議ではありません。
それが台湾生まれという十字架を背負って生まれたばかりに、
日本の大蔵省や日銀に就職することもできず、
三井や三菱にも採用してもらえず、
大学に残っても
植民地生まれに東大教授への道はひらけていなかったので、
生まれ故郷に帰って、新しく大学をつくる運動に参加したり、
大陸からやってきた政府と争って、
生命からがら香港に亡命するという
波瀾万丈の人生を歩むことになってしまいました。
そればかりでなく、
日本籍のない者が誰も試みなかった芥川賞、直木賞に挑戦して
一応は文壇への通行証をもらったものの、
今とは違って、日本人は日本以外の事には一切興味ないと
雑誌社や新聞社の編集者たちが堅く信じて疑わなかった
ジャーナリズムにとびこんだので、
直木賞をもらってもどこからの原稿の注文もなく、
私は自分なりのテーマを考えて
自分で売り込みに行かなければなりませんでした。
幸にも中央公論社社長の嶋中鵬二さんのような人に奇遇して、
それから半世紀にわたって文筆業に従事し、
単行本も500冊に及び、台湾、韓国、香港、中国という順序で
翻訳本もたくさんあるようになりました。
しかし、その内容は小説だけでなく、
文明批評、食べ物随筆から社会経済に及び、
なかでも突出しているのは「金儲けの神様」「株の神様」という
金銭分野ということになってしまいました。
そればかりでなく、お金とかかわりがあるようになると、
次々と話を持ち込まれるままに
さまざまの事業を手がけることになり、
気がついて見たら、文壇から仲間はずれにされるくらい
ジャーナリズムからも遠ざかってしまいました。
ふりかえって見ると、その分だけお金と近い関係になり、
「株はどうですか?」
「それより不動産を財産として持つことをどうお考えですか」
と盛んにきかれる立場になってしまいました。
私自身は今も文章のデパートをやっている積りですが。
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