中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第2715回
腕がふるえないと腕もおちるものです

人間の頭が停滞をはじめると、
考えることもやることもストップしてしまうと思いがちですが、
世の中の動きをずっと観察している限りでは、
どうやら環境が停滞をはじめると、
人間の頭の方が鈍感しはじめるというのが本当のようです。

私が昭和29年に
小説家を志して香港から東京へ舞い戻った頃、
日本人はまだボロ服にドタ靴を穿いて動きまわるだけで、
あまり利口そうには見えませんでした。
しかし、私が31年の春に直木賞を受賞して
文藝春秋や中央公論に執筆させてもらえるようになると、
間もなく池田所得倍増内閣が誕生し、
日本は高度成長経済に突入しました。
すると、いままで大して働き者でなかった有象無象まで
よく働くようになったし、
ちゃんとした意見も吐くようになりました。
自信を持つようになると、
人間はそれなりの知恵を働かしたり、
行動をしたりするようになるものなのです。

ですから日本が「驚くべき日本」と全世界の話題になり、
世界中から注目されるようになると、
日本人はそれにふさわしい人間に成長しました。
エコノミック・アニマルと嘲笑されようと、
それを笑いとばせるような
グループ・アニマルとして行動できるようになったのです。

ところが、それが天井に頭をぶっつけて
低成長の中で長くしゃがみ続けるようになると、
頭の中に昔の栄光だけがとぐろをまいて、
新しい知恵が浮かび上がって来ないようになりました。
いくら「日本人はものづくり世界一」と自慢しても、
10年も20年も創意工夫をしなくなると、
頭も腕も次第に鈍ってきます。
一ぺん、あがった生活のレベルは
そう簡単にはおちこみませんから、生活には困りませんが、
腕をふるう余地がなくなって時間ばかりたってしまいます。
冴えた腕だってだんだん鈍ってしまいます。
いまの日本人は腕の鈍った昔の職人に転落しつつあります。
そういうことにさえ気づいていない日本人がたくさんいます。
これで日本ははたして大丈夫なのでしょうか。


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2007年8月16日(木)

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