第2565回
見習生候補の育成が私の仕事です
見習生としての入国は
日本側がきびしく制限しているので、
日本側がつけたいくつもの条件を充たした
中国の若者たちだけが
狭き門をくぐり抜けることができます。
そうした幸運に恵まれた青年たちは
それぞれ専門の技術を身につけて中国に帰ります。
その中からそれぞれの業界のリーダーになる人も現われますし、
最低でも手に職が身についていますから
メシにありつけない心配はなくなっています。
私がそうした青年たちに対してやってあげられることは
一つは日本のきびしい入国条件を充たす若者たちの
養成に力をかすことであり、
もう一つは見習を終えて中国に帰った人々に
働く職場をつくってやることです。
どちらも中国の経済と
生活水準をレベル・アップする仕事ですから
私に生き甲斐をあたえてくれます。
銀川市の職業学校の現場にいままで2回ほど行きました。
自動車の修理学校には
1学年に1000人ほどの生徒がおりましたが、
いずれも地方の貧しい農家の子伜です。
食べるにも困るような環境に育っていますから、
勧誘の先生が来て、
「学費も出してあげる」、
「勉強している間の食費も宿泊費も出してあげる」というと、
両親が跪いて両手をあわせ、
「あなたは神様です」と拝むそうです。
そういう話をきいて
昨年から私は500人分の奨学資金を出すようにしました。
スムーズに行けば、毎年続けるだけでなく、
それを制度化して、
看護婦学校や農業学校や工業学校などに
拡げる予定を立てています。
寧夏自治区の政府の方でも
私がいくら寄付したかを公表しており、
私が個人の利益のために
行動しているわけでないことをよく認識しているので、
私が銀川市につくった人材派遣組織がやることに
全面的に協力してくれています。
というわけで私が育英資金を出している生徒たちの中から
優先的に日本に派遣する人材を選ぶことが可能になりました。
皆さんの中で「縁の下の力持ち」になってくれる
労働力に苦しんでいる人は
アジア交流センターに相談してみて下さい。
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