第2225回
次の考察団は三国志の遺跡をめぐります
次の中国投資考察団の募集をする時期になりました。
第四十回考察団は少し趣きを変えて、
三国志の史跡を辿って、
劉備が諸葛亮孔明に三顧の礼を尽くした
孔明の生まれ故郷襄樊からはじまって、
曹操の根拠地だった亳州に行く途中に少林寺がありますので、
少林寺に一泊して少林寺を訪問すると同時に、
武術の学校で、
少林寺拳法の実技とマスゲームを見せてもらいます。
日本でも忠臣蔵の中で悪役をつとめる吉良上野介は
賄賂取りの極道役人に仕立てられておりますが、
その領地だった吉良市に行くと
いまでも名君として讃えられておるそうです。
三国志の中の曹操も唯一、天下を取った実力者であったために、
徳川家康のような憎まれ役をつとめさせられていますが、
本当は孫権、劉備と天下を争った三人のうちで、
もっとも學問があり、昼間は戦争の指揮に明け暮れましたが、
夜は書を読み詩をつくって
詩人としての足跡も残しております。
人使いもうまかったし、減税にも頭を使ったので、
亳州に行くと駅前に巨大な石像があり、
いまなお大変な人氣で支えられています。
その亳州に一泊してから徐州へ出て、
徐州から飛行機で諸葛亮孔明の意見を容れて四川に入って
蜀の国をつくった劉備の足跡を残す成都に入って二泊します。
成都にある諸葛亮孔明の廟には
いま若い人たちにも大へんな人氣を博している
孔明が祭られていますが、
孔明が仕えた劉備を無視するわけにも行かないので、
前殿に劉備、後殿に孔明の像が配置されています。
劉備の死後、国を魏に明け渡した
劉備のドラ息子劉禅の姿はどこにも見当りません。
そのへんの事情をもう一度思い出したい方は、
吉川英治の「三国志」でもマンガの「三国志」でも、
すぐ手にとって読んで見て下さい。
私たちの旅行は六月七日(水)に東京と大阪を出発し、
北京からはじまって上海で終わる
六月十五日(木)までの八泊九日になります。
ご参加になりたい方は
すぐにもアジア交流センターにお申し込みになって下さい。
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