第1617回
台湾に進出した企業の方が先に儲けました
日本の次に台湾と韓国の工業化が
進むだろうという予感は見事に当りました。
ちょうど同じ時期に、
香港とシンガポールの工業化にも灯がともりましたので、
世間では四つの地域を一まとめにして、
「四匹の小龍」(フォー・スモール・ドラゴン)と
称した扱いをしましたが、
イギリス人の植民地だったところと、
日本の植民地だったところを一緒くたにするのは
間違いだと思います。
台湾と韓国には日本人の職人的な伝統や気質が
教育の中にも受け入れられ、
政策としても実行されたので、
その地域の工業化に大きな影響をあたえています。
それに対してイギリス人の植民地だった
香港やシンガポールでは
一歩、都市から離れると
もう電力も来ていないのですから、
あくまでも流通業やサービス業中心の
都会的な産業構造になっています。
香港も、もちろん、そうですが、
シンガポールも金融や貿易や
旅行者でもっている都市国家ですから、
スケールの大きな工場を支えるだけの
消費人口も持っていませんし、
工業を成り立たせるだけの労働条件も
備えているとは言えません。
香港の工場が中国経済の発展と共に
たちまち深や珠海などの地域に移ってしまったように、
マレーシアやインドネシアが自国内に
工業団地と湾岸設備を計画するようになると、
シンガポールの工業団地が
難しい立場に追い込まれてしまったのを見ても
わかる通りです。
私が台湾へ帰った当時、
台湾の一人当りの国民所得は僅か700ドルでしたが、
僅かの間に一人当りの所得は
1万4千ドルをこえるようになり、
台湾の外貨準備高は1000億ドルをこえて
国民一人当り世界一という記録に届きました。
そうした中から世界で高額所得者と並ぶ成金も
何人となく現われましたが、
台湾の低賃金を見込んで
台湾に進出した企業で
破産した話はきいたことがありません。
ミツミとか、ユニデンとか、
マブチ・モーターとか、太陽誘電とか、
その後、大陸に再引越した例はたくさんありますが、
お金儲けのチャンスの多いところでは
実際にお金の儲かる企業がたくさん輩出します。
台湾もその例外ではありませんでした。
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