たとえば、戦後の日本は、一口でいえば、「法人社会」である。「法人社会」とは、累進課税制度が適用されて、個人の所得に対して罰金のような高い税率をかけるようになったので、それを回避するために、人々が会社という防波堤をつくって、それにたてこもるようになった世の中のことである。大企業はもとよりのこと、魚屋も八百屋も、税金を安上がりにするために、会社組織に早変わりをし、飲み食いも、物見遊山の旅行も、海水浴に行くガソリン代も、すべて会社の経費につけるようになった。そういう社会では、個人消費よりも法人消費をあてにした商売が繁盛する。キャバレーでもクラブでも、また高級料亭でも、会社の名前でサインをし、勘定は会社が払うということではじめて成り立っている。「飲んで食って三兆円」と新聞は書きたてているが、こういう交際費のワクがあって、はじめて成り立っている商売は実に多いのである。
しかし、高度成長経済も終わりにさしかかり、さらに石油ショックが重なって来た頃から、
「法人社会」に少しずつ変化が現われてきた。
まず儲からなくなった企業が交際費を抑えにかかってきた。続けて財政収入の減少に業を煮やした大蔵省が交際費の課税強化に力を入れてきた。キャバレーがまず赤字経営に転落し、高級クラブが崩壊をはじめた。そういう状態のところへ、メーカー業からサービス業へ割込みが起こったからといって、また新しいキャバレーや高級クラブが誕生するわけではない。次に現われるであろう飲食業は、かつてキャバレーやクラブに通ったお客を奪うことはまず間違いないが、既存のキャバレーや高級クラブとは当然、異なったものでなければ奪えるわけがないのである。
私は「夜の帝王」的生活からは程遠い世界に生きているので、夜の街の商売を語る資格はないが、たまたまいわゆるソーシャル・ビルをいくつか持っているし、また友人の中にはその方面のエキスパートが何人かいる。
きいてみると、最近の夜の商売は、核分裂が激しく、一口でいえば、月収五〇万円ていどのホステスたちの独立が一番、盛んだそうである。つまり、高級クラブに来て、月に何百万円も支払う社用族が目立って少なくなってきた。売上高による歩合を五〇万円前後あげていたホステスが、減収の危機にさらされる。何とかその線を維持できないものかと努力するが、下がってくる売上げを引き戻すのは容易ではない。
唯一つ考えられる方法は、自分で店をひらいて、お店の稼ぎの分も自分の稼ぎに入れることである。たとえば、かりに売上げの二割をもらっているとすれば、月に二五〇万円売上げてはじめて五〇万円の収入になる。自分のお客だけで毎月、二五〇万円あげるのは難しいが、かりに一五〇万円あげる自信があって、それを自分の経営する店であげるとしたら、五〇万円といわず、それ以上の収入がある。そうするためには、五〇坪もあるお金のかかった店でホステスをするよりも、一〇坪か二〇坪でよいから、独立して自分の店を持てばよい。
かくてお客をもったホステスの独立が夜の街の風潮となり、銀座から六本木へ、大阪でいえば北から南へ、と安いところをさがして店を構える人がふえ、夜の人口が移動をする。経営者も違うが、店構えも一段とスケールの小さいのが栄えるようになるのである。
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