第99回
妻からの三くだり半
ところが、男が一人で生きていくのは予想外に難しい。
妻に死なれた男が、
妻の生きていた時にあれほどいたわりの情を示したのに、
妻が死ぬとケロリと忘れて再婚するのをよく見かける。
あの有様を見て、
「私は早く死にたくない」と言った女の人もいるが、
あれは男が浮気っぽいからではなくて、
精神的に案外、脆い存在だからと解釈すべきものであろう。
女の人は、年をとって良人に先立たれたあとも、
いつまでも元気で生きている。
宰相夫人だった人や大社長夫人だった人で、
主人の死んだあとも、
結構、優雅な生活を送っている人を私はこの目で見ている。
ところが、妻に死なれた男はめっきり潤いを失って、
家の中につや気がなくなってしまう。
だから、妻に去られてしまうと、
男の人は長くは生きていられないそうである。
死なれてもそうだし、離婚されても同じである。
男にとって、妻から三くだり半を突きつけられることは、
ガンの宣告を受けるくらいショッキングなことなのである。
私たちと家族ぐるみの付き合いをしている夫婦で、
六十歳近くなってから離婚騒ぎが持ち上がった力ップルがある。
お金はあるし、奥さんの方は心職に欠陥があって、
いつ発作が起ってあの世に行くかわからない状態にあるのだから、
最後の何年かを、一年長く生きたら
その分だけ儲けものと思って
お互いにいたわったらよさそうに思う。
ところが、子供も皆、大きくなって、
もう世話をやく必要がなくなってから、
妻の方がどうしても別れると言いだした。
原因は何かというと、
良人がケチで生活費を増やしてくれないし、
ダイヤの指輸を買ってくれないからだという。
六十歳になってダイヤの指輪もないだろうと思うかもしれないが、
これには長い因縁がある。
二人が結婚をした時、良人はまだ貧乏で、
小さなダイヤの指輸しか新妻に買ってあげられなかった。
奥さんの方は結婚前に、ある金持ちの外交官と付き合っていて、
結婚するつもりでいたが、
男が浮気っぼくて結婚の意思のないことを思い知らされたので、
あてつけに若い男の結婚申し込みに応じたのである。
ところが、もらったダイヤがあまりに貧弱だったので、
「なによ、こんなもの」と、
指輸をはめずに、どこかへしまい込んでしまった。
良人は新妻に愛情を持っていたので、
口に出しては何も言わなかったが、
「将来、オレがどんなに大金持ちになっても
二度とダイヤの指輸だけは買ってやらないぞ」
と密かに誓ったのである。
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