死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第95回
私は自由が欲しい

アメリカの女性たちが亭主に離縁状を叩きつける時に言うセリフは
大体、決まっているそうである。
「私は自由が欲しいの」
「自分自身の人生を発見したいの」

それも、或る日、たとえば電気皿洗機で皿を洗いながら、
突然、思いついて、そのまま駆け出してしまうのである。

一方!亭主の方の反応もほば同じで、
まるで「天地がひっくり返ったようなショックを受け、
うろたえ、信じられない!?なぜ?と理解に苦しみ、怒り狂い、
それから、出て行かないでくれ!と泣いて懇願し、
妻の意志の堅いことを知ると絶望し、
仕事も手につかない虚脱状態におちいる」
と下村満子さんが『アメリカの男たちは、いま』
(朝日新聞社刊)という本の中で報告している。

以上のような出来事は、
日本に住んでいる私たちから見ると、
嘘のような出来事である。
また、私たちの夫婦生活や
家庭生活に対する常識に照らし合わせても、
アメリカでは起りえても、
私たちの周辺では起りそうもないことだと考えてしまう。

ところが、アメリカの離婚を促した経済環境が
日本を取り巻くようになり、
条件が似てくると同じことが起りやすいから、
対岸の火事と安心してばかりもおれないのである。

たとえば、所得水準が上がると、
今まで水面スレスレで暮らしてきた貧乏人の金回りがよくなる。
「経済観念がない」ために貧乏していた連中が
金回りがよくなっても、
「経済観念がない」ことに変りはないから、
お金は無駄に使うし、
未来の収入を担保に入れてお金を先に使ってしまうから、
ポケットの中にお金のないことは同じである。

しかし、世の中が豊かになると、
こういう人たちが増えるから、
月賦販売とサラリーローンが繁盛するようになる。
クレジット販売もサラリーローンも、
もともとはアメリカのもので、
私たちとはあまり縁がないと思っていたが、
日本が豊かになると、みるみる拡大して
成長産業の先端に立つようになった。

サラリーローンで一家心中とか、
サラリーローンの支払いに追われて強盗殺人とか、
新しい社会現象が次々と現れてきている。

してみると、家庭電化がアメりカ並みに進んで、
職場に進出して「働く主婦が全体の六割」という条件も、
だんだんアメリカに似てきたから、
離婚の風潮も日本に上陸してきたし、
やがてその嵐が日本列島を荒れ狂う可能性は強い
と言わなければならない。

この嵐は、日米戦争中における
B29の東京大空襲のような程度の被害ですまないのではないか。
アメリカの社会を見ていると、
夫婦に子供がいるというパターンが崩れて、
結婚をしない男女、男だけで暮らしている人たち、
他人の子供と暮らしている男、
といったケースが増え続けているからである。

もし日本にも同じことが起るとすれば、
あなたはあなたの奥さんから、
或る日「私の自由が欲しいの」
「あなたはあなたの人生を見つけたら」
と宜言されるようなことがないとは言えないのである。





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2012年3月12日(火)

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