第78回
うまい辞め方
会社を辞める理由は、もちろん人によってそれぞれ違うが、
若くして会社を辞める人と、
定年もしくは定年に近くなってから辞める人とでは、
辞める心境がまるで違う。
先ず四十歳以前に辞める人には、
暗さはあまりない。
独立して自営業を始める人は、
さきにも述べたように、二十五歳から三十五歳が最も多いが、
四十歳前なら、まだ可能性が多く残っているからであろう。
それに対して、四十歳以後になると、
独立する人はうんと少なくなるし、仮に独立するとしても、
「会社にそのまま勤める場合」と、
「独立して自営する場合」を秤にかけて、
どちらがトクか、比較することから出発するから、
どうしても利害打算が先に立つ。
かねてから独立したいと考えてきた人が、
綿密な計画を立てて離職するのなら、
自分の夢を実現する意味で、おめでたいことである。
但し、それが今の会社の仕事を持って外へ出るとか、
ライバルとして競合関係に立つということになれば、
離職は必ずしも円滑にいかない。
今まで使っていた者に、
競争相手になられて愉快がる社長はいないし、
まして取引先をごっそり持っていかれる話だとしたら、
邪魔のーつもしてやりたくなるというものだろう。
だから計画の半分も実現できないのが普通で、
よほど相手から惚れられていて、
仕事は必ずお前にやると確約されておれば別だが、
取引先は、会社についているものだから、
従業員個人の思い通りにはならない。
また実際問題として、
永年の取引先を簡単にポイするような人は、
またすぐほかに移ることも考えられるから、
それほどあてにはできないのである。
そういう意味では、
今まで就職していた企業とライバル関係に立つよりも、
相互に補足関係に立つのが一番上手な辞め方であろう。
どこの会社にも、
販売を増強したい部門とか、
生産を円滑にする上でネックになっている部門とか、
宣云、拡販、社員教育などで
外部の力を借りたがっている部門とか、
いったものがあるものである。
内部にいて、そういう欠陥がわかり、
自分にその補強ができる自信があって独立をすれば、
当然、会社からは歓迎される。
行く行くは同じ商売になって
識烈な競争をやる可能性がある場合でも、
見様見真似で競争に打ち勝つわけはないから、
創意工夫を要する部門を分担することから始める方がよい。
たとえば、石川島播磨のコンピューター部門から独立して
自立した技術者たちが、
先ず石播の下請けをすることで採算をとり、
やがて他社にも売り込んでいった例を見れば、
脱サラにも定石があることがおわかりいただけるであろう。
うまい辞め方か、下手な辞め方かは、
本人が辞めるに際して、
同僚たちから送別会を開いてもらえるか、
送別会にどれだけの人が出てくれるかを見れば、
大体の見当がつく。
また新しい仕事を始めるに際して、
披露のパーティに以前勤めていた会社の社長や
上役が出席しているかどうか、
といったことも判断の基準になる。
良い友人や協力者は「無形の財産」であり、
そういった無形財産の持ち方を見れば、
その人物の「人間としてのスケール」
を測り知ることができるからである。
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