死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第77回
立つ鳥跡を濁さず

この意味で、「辞め方」の美学と、
「辞め方」の巧さは必ずしも一致しない。
もう先のない人なら別だが、
辞めたあと、次の就職をしたり、
次の事業をやらなければならない人は、
あまり美学にこだわらないことが大切である。

とりわけ啖呵を切ったり、
逃げ場のない発言をしたりするのは、下司のやることであろう。

社長業、重役業をやっている人だけでなく、
平の社員が会社を辞めて転職したり、
独立したりする時のことを頭に浮かべてみればよい。
上役と意見が合わないとか、
会社の社風が気に入らないとか言って辞める人の中には、
喧嘩腰で辞める人もあれば、他にロ実をつくって辞める人もある。

一つの職業に就いて、
その職業で一生をとおす人もないわけではないが、
中小企業ならまず転職は日常茶飯事であろう。
その場合、一番下手な辞め方は、
正面衝突をして「こんな会社にいてやるものか」
と捨てゼリフを残して辞める辞め方であろう。

自分の退路を自分で塞ぐようなものだから、
いくら世間を渡り歩いても、いつも狭い路しか残されていないし、
昔の職場にいた人たちの力を借りることができないからである。

これに対して、職場の人から惜しまれて辞める人は、
「困ったことがあったら、相談にいらっしゃい」とか、
「帰って来たくなったら、また帰って来なさい」と言われるし、
渡り歩いた分だけ世間が広くなるから、
わからないことがあったら、
電話をかけて教えてもらうこともできるし、
人を紹介してもらうこともできる。

「立つ鳥跡を濁さず」というが、昔の職場に行ったら、
昔の同僚たちから歓迎される人と、
そうでない人の距離はかなり大きなものである。





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2012年2月22日(金)

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