死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第56回
決定的な四十代の生き方

しかし、その後の、企業の動きを見ていると、
四十歳定年を採用した千代田化工建設とか、
私の友人で北陸地方でラーメン屋のチェーンを展開している
8番ラーメンのような例はあるが、
大部分の企業は、定年を引き下げるよりも
逆に延長する方向に踏みきった。

既に四十歳をこえた社員が大半を占めている企業で
定年を引き下げるのは、
もとより困難だし、実際的でもない。

むしろ、五十五歳で仕事をやめることの
不合理さを解決することに重点がおかれ、
六十歳とか六十五歳まで延長する方針が打ち出されたのである。

但し、延長する前提としで、
五十歳以降の昇給はストップするとか、
早目に退職をする場合は、
退職金にプレミアムをつけるとかいった
付帯条件を労働組合に承認させた。

だから、企業の負担は以前より軽減されたが、
会社内の老齢化が目立つのはやむを得ないであろう。

制度として企業が認めた方向は、
矛盾をやや緩和したことにはなるが、
問題の徹底的解決にはなっていない。

定年を延長した分だけ平均寿命が延びて、
男は七十四歳、女は七十九歳になってしまったからである。
したがって、人生の波長に合った仕事の選び方をしようと思えば、
働いている者の方が自分でかなりの決断をしなければならない。

たとえば、会社が四十歳定年制を採用しなかったけれども、
四十歳が男の人生の一つのくぎりになることに何の変わりもない。
脱サラをして自営業に切りかわる人は、
大半二十五歳から三十五歳までであるという統計があるが、
ラストチャンスは四十歳である。

たまたま四十二歳は男の厄年であるが、
厄年というのは人生の峠が見える年ということであろう。
人生を山登りにたとえれば、
急勾配の山道を一途に登ってきて、
中腹の平らな部分にさしかかる。

山の頂きも見えてくるし、
これから先自分がきわめるであろう頂上も
およそ見当がついてしまう。

いやでも、「案外、大したことないなあ」
と気づかざるを得ないから、
ここでグラグラと来てしまうのである。





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2012年2月1日(金)

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