死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第20回
「四人会」の朝食

披露宴の席順を決めるについて如何に神経を使わされるか、
もう少し耳をかして聞いていただきたい。

井原隆一、高島陽、長谷川慶太郎の諸氏は、
いわゆる経済評論家の仲間として長年の私の友人である。
私も含めて四人で、
「四人会」という月に一ペんの朝食会をまわり持ちでやっている。

朝、ホテルのレストランで二時間ばかり
お粥をすすりながらお互いのニュースをもちより、
雑談に花を咲かせるだけであるが、
四ヶ月に一ペんの私の当番の時だけは、
例外的に奥さん連れで、
私の家へ来て円卓を囲むことになっている。

私の家は、コックもいるし、
来客があっても苦にならない方だし、
どうせいらっしゃるなら
奥さまもご一緒にどうですかということになり、
奥さんたちからも楽しみにされるようになった。

但し、円卓を囲むと言っても、
朝から中華料理のフルコースが出るわけではない。
広東風の飽魚鶏肉粥(アワビと鶏肉入りお粥)とか、
上海風のチマキとか、正月なら、
ローポウガオ(中国風ソーセージ入り大根餅)とか、
素餃子(野菜だけの精進ギョウザ)とか、
のうちの一品が、パンの代わりをつとめ、
前菜は四皿くらい、スープは、
排骨花生湯(落花生と骨つき豚肉のスープ)とか、
高菜潰と豚の胃袋のスープとかいった、
料理店ではあまり出て来ない、ごく家庭的な味のものである。

ほかにエキストラとして、
大根の皮を醤油と胡麻油潰にしたものが必ず登場する。

このローポウガオは、井原隆一さんの大好物で、
「邱さんのところへ来る時はこれが楽しみ」
と言われたので、女房が忘れずにつくるようになった。

また一番最後に雲南省のプーアル茶という
塊まりになったお茶を滝れるが、
日本人が新茶を珍重するのに対して、
中国人は年代知れずのカビ臭い古茶を有難がる。

プーアル茶はその代表的な存在で、
少し濃い目に入れるとドロドロした真っ黒いお茶になる。
見た目もあまりよくないし、
味もカビ臭いが、不思議と人を魅きつけ、
飲みなれると、中華料理のあとは、
「あれでなくっちゃ」ということになる。

ひとつには、満腹にしたあとにこのプーアル茶を飲むと、
胃や腸の壁にくっついた油が、
きれいに溶かされて流れてしまうような気分になるからである。

プーアル茶が終ると、そのあと私の家ではコーヒーをたてる。
日本料理屋で食事のあと
「コーヒーありませんか?」ときいても、
大抵「ありません」と素っ気なく断わられてしまう。

でも雑談をしている時は、先ずコーヒーを飲み、
ややあって番茶の培じ茶に変えるのが一番具合がよいと思う。
だから自分の家ではプーアル茶、コーヒー、番茶の順序で出す。





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2012年12月11日(火)

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