前川正博さんはこうして
福祉の国で、国にたよらずに根をおろしました

第296回
人間は双葉より複雑

私は以前、
デンマークの知的障害の人のための施設で働いたことがあります。
そこで気がつきましたが、
彼等はしばしば恥ずかしい時は怒りました。
不安な時も怒りました。
毎日の散歩は同じ道を通りたがり、
「今日は別の道を行こう」というと怒り出すのですが、
それは不安だからだそうです。
彼等の反応が理解できるようになって
「人間の反応はこういうものが基本で、こんな反応をするのか」
と、いったことをこの施設で学びました。

ある日、新しい男の子がやってきました。
背は高くて、
全体の感じはアラン・ドロンを細くしたような子供でした。
最初の日は一言も喋りません。
慣れてきてもほとんど口を開かず、
目だけが落ち着き無く動いていました。
その子、ゲアビンの最初の言葉は「うるせーんだよ。」でした。
じつはそれが、無口な彼の口癖なのでした。

ゲアビンは静かで手間はあまりかかりませんが、
言うことを聞かない子でした。
こちらの言うことが分っていて黙って見つめ返すのですが、
こちらの言う内容には反応しないのです。
風に吹かれる柳のように、言葉が通り抜けていくのでした。
そして一言、「うるせーんだよ。」
これには人を馬鹿にしたような節がついていました。
初めて聞いた時は、けっこう腹が立つのでありました。
手をポケットに突っ込んで壁を背に立っているいる、
不敵な美少年なのです。
食事の量は多いのに、ひょろひょろに痩せていました。
それでも伸び盛りだから、
肉まで栄養が廻りかねているのだとばかり思っていました。

ところが、ある日ゲアビンは食事の途中で突然身体を屈めました。
そして今食べたばかりの沢山の物を全部吐き出してしまいました。
柳に風、蛙の顔に小便のゲアビンは、
実はストレスで胃をやられていたのでした。
知的障害の子は、しばしば顔には現れないストレスがあったり、
表情からは読み取れない知恵を持っていることがあります。
そして、正常な発達をしている子供は、
彼等よりまだ複雑なのです。


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2005年9月2日(金)

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