第146回
グリーンランドの同室異夢
遊び場で子供とバトミントンをしていて、
至近距離からのスマッシュを目に受けました。
いつまでも猛烈に痛いのがおかしいので、
痛む目を開けてみると、
視界に1箇所白く霞んでいるところが有ります。
救急車で病院に行くと、そのまま入院でした。
私が「バトミントンの羽根・・・」と、途中まで言うと
眼医者は
「前衛だろ?眼の内出血はバトミントンが一番多いのですよ」
と、勝手知ったる様子でした。
出血を止める薬を飲んで、数日間は目を閉じて暮らしました。
その次の段階は、黒い紙を貼った眼鏡を掛けるのです。
紙には小さな穴が開いていて、
そこから外が垣間見られるようになっていました。
これはどうやっても真正面しか見えないので、
目を動かさないようになることと、
目に入る光の量を減らすように、でした。
病室には先客が一人いて、グリーンランド人でデンマーク語が、
一言も話せないとのことでした。
針穴から初めて部屋の中をみると、
小柄な人がベッドに腰掛けて静かにタバコを吸っていました。
その頃はまだ病室でさえタバコを吸っても構わなかったのです。
ある日、眼の良く見えない同室の男、は始めて口を開きました。
そして、出てきた言葉はデンマーク語だったのです!
彼は手術を受けるために、グリーンランドから初めて出て来ました。
「手術が終わったら何か見たい物がありますか?」と私が訪ねると
「木が見たい」と、言います。
“グリーンランドに木の板の家があるのはテレビで見たけれど、
なるほど森はなかったなあ”と、私は感心しました。
回診の時に看護婦が
「この人はデンマーク語が解らない」と、
医者に説明するのを聞いて、私は
「そうではなくて、無口なだけです」と解説しました。
「おおっ!野生児!」看護婦さんは驚いて感嘆の声を上げました。
彼はその後も、依然として他の人の前では声を出さないのでした。
私は先に退院になり、
その翌日には、前々から予定していた、
ドイツの「黒い森」に向かって車で出発しました。
実は入院中はこの旅行のことが絶えず気になっていたのです。
私は退院の前日に、
おそるおそる「どうなったらまた出血したと分りますか」と、
尋ねると、お医者さんは
「簡単だよ。物凄く!痛くなるから分るよ」と脅しました。
よそ見をしないように、気を付けてそろそろと車を運転しました。
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