前川正博さんはこうして
福祉の国で、国にたよらずに根をおろしました

第144回
戦争の犬達

私は遊び場の同僚と一緒に、エルセの引越しの手伝いをしました。
ノルウェー人エルセは温和なアフリカ人と結婚をしていて、
2人の間には子供はなく、
アフリカから男の子を養子にもらっていました。
ところが、そのアフリカ人とは合わなくて、離婚したのでした。
エルセが手を骨折して仕事を休んでいたので、
私はエルセを大好きな元気な10歳の女の子を連れて、
お見舞いに行きました。

エルセは中年の男の人と一緒でした
ガラガラ声の男の人は、
良く締まった筋肉が服の上からでもよく見て取れました。
そのうちに打ち解けてきた、感じの悪くないその人が、
外人部隊の兵士として、
ベトナム戦争に参加したことがあるのを知りました。
「どんなでしたか?」と、私はその話を聞こうとしましたが
「これは話すようなことではないのです」と、彼は答えました。
私は物足りなくてその人を見つめましたが、
彼は下を向いて控えめに微笑むだけでした。

後で知ったのですが、クラウスと呼ばれるその人は、
デンマークでは少しは名の知れた元プロボクサーでした。
その頃は運転手のドライバーをしていましたが、
昔は大物の犯罪者とも付き合いがあったとのことでした。
クラウスには身寄りがまったく無いのでした。
そしてエルセは、
気の毒な人や、不公平な目にあっている人を見ると、
正義感と同情から入れ込んでしまうのでありました。

そのクラウスとエルセが、
男の子が通っている幼稚園の父母会に出席しました。
その会でクラウスは
“親があまりにも身勝手に自分の子供を可愛がる”というので
怒り出してしまったのです。
エルセがそれまで見たことも無い怒りの爆発で、
乱暴な言葉が次々と飛び出してきました。
エルセはなだめましたが、
男の怒りは何かが切れてしまったように、
軌道を逸して果てしなく溢れ出てくるのでした。
それを見たエルセは、クラウスと別れると心に決めました。
でも、別れ話でクラウスがカッとなったら、
どんな事になるか分らないし、
別れた後ではもう会いたくありません。
そこで、道で偶然に出会うこともないように、
ユトランドまで引っ越して行くことを決心しました。
私は遊び場の同僚と、夜明け前にひっそりと、
再びエルセの引越しの手伝いをしました。


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2005年2月2日(水)

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