第124回
守るも攻めるも負けるのよ
ある日本人の男性が、
パン屋で一人の若いデンマークの女性を度々見かけました。
“いい女だなあと思った”と、
いうのは彼、H君の言葉ですが、
そのうちにその人と付き合うようになりました。
それからしばらくして、
彼女の「パリに出かける」という言葉を聴いて、
H君は「フーン」と、つれなく答えました。
そして密かに、後を追ってパリにいったそうです。
そして予定通り街角で出会ってH君が声をかけると、
彼女はビックリして涙ぐむほど感動したそうです。
そんな作戦が功を奏したのか、二人は結婚しました。
彼は策士なのです。
女性の方も“強く愛されている”という幻想を見たいので、
作戦に乗ったのかもしれません。
そうでない時は、H君の作戦も簡単に見破られてしまうのでした。
H君が一時期、ポーカーにはまって、
しばしば朝帰りをするようになりました。
ある日曜日の朝、帰り際にパンと朝刊を買って帰り
“たった今起き抜けてパンを買ってきましたよ”と、
見せかけようとしました。
そのタイプのジョークは使えない人なので、
半ば本気で騙そうと思ったか、
そういう振りでもしなければ帰りにくかったのでしょう。
タバコの臭いをプンプンさせた、間の抜けた策士なのであります。
そっと鍵を開けて部屋に一歩入ると、若奥さんが寝床から
「又負けたの?」と、声をかけたそうです。
その彼は「それを言っちゃあお終い」と、よく言っていました。
私にはそれが何を指すのか分からなかったのですが、
聞くと自分の下心を“言っちゃあお終い”
という意味らしいのでした。
彼によると、人には皆下心とか、
言うとお終いになる本音があるのだそうです。
私はたいていの事は言ったほうが、話が簡単で良いと思うのですが。
さて、そんな彼が私達に愚痴をこぼしました。
たまにはけんかをするのは仕方ないとしても、
聞いてみるとお互いの反応が食い違うのも
けんかの原因のようなのです。
言い合いのけんかが中断して彼がジッと黙ると
「何で何も言わないの」と言われたそうです。
それで彼が「そういう時は何も言えずに黙っているものだ」と、
答えても納得しないそうです。
言いたいことがいっぱいあると口の利けなくなるタイプと、
全部ぶちまけないと気のすまないタイプの違いかもしれません。
黙っていると相手はからかうので、またカッとしたそうです。
私はピンときたので、デンマーク語で
「“なんてかわいそうなんでしょ”と言われたのだろう?」
と聞くと、
それが図星だったので、H君はギョッとした顔でこちらを見ました。
それも常套句なので、
言われた方もそんなのは普通は聞き流して平気なのでした。
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