第71回
「ありがとう」と言える温泉
取材中に、温泉旅館の女将さんが言った言葉で、
ハッとさせられたことがありました。
それは「こちらがお金をいただいているのに、
お客様から『ありがとう』と言っていただけたとき、
ああ、この仕事をして良かったと心から嬉しく思います」
という言葉でした。
いつの世からでしょうか?
お金を払う人が、もらう人より偉くなってしまったのは……
「昔の客は違ったよ」と言った温泉旅館のご主人がいました。
昔の客は“泊めていただく”、
今の客は“泊まってやる”なんだそうです。
「温泉が、ありがたかった時代の話です」と苦笑しました。
このところ取材先で、似たような話を聞くことが
多くなったような気がします。
「昔は宣伝なんてしなくても、
温泉があるだけで人が来たからね」
「廊下でもいいから泊めてくれっていう客が大勢いたよ」
「今じゃ、風呂が小さいの、貸し切り風呂がないの、
料理がまずい、サービスが悪いなど、
帰った後までネットに悪口を書かれる始末です」
そんな話ばかり拾っていたときに出合ったのが、
客が言う「ありがとう」の言葉です。
とっても新鮮に、心に届きました。
物々交換の時代から、
本来、提供する側と受け取る側の対価は
同等のはずです。
売るモノやサービスと、支払う金額が同等であるならば、
どちらの人間が偉いなんていうことはありません。
モノを売ってくれて「ありがとう」。
サービスをしてくれて「ありがとう」。
温泉へ行ったら、いい湯を守ってくれて「ありがとう」と
感謝の気持ちを伝えたいものです。
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