第955回
あるマッチ王の物語
イヴァル・クリューゲルを知っていますか。
1910年代にマッチ王の名前で呼ばれた人物です。
I・クリューゲル(1880〜1932年)は
スウェーデンのカルマーに生まれています。
クリューゲルの父、エルンストも
また小さなマッチ工場を経営していたのですが、
1900年になってクリューゲルは
ニューヨークへ行く。
この地でクリューゲルはある人の紹介で
土木技師となる。
ある日、イースト・リバーに小舟を浮べて
工事をしていたところ、
たまたま若い娘が川に落ちた。
もちろんクリューゲルはそのお嬢さんを助ける。
この若い女性がある財閥の令嬢であったとこから、
運が開けてゆく。
どうして私がそんなむかしの話を知っているのか。
タネを明かせば、簡単。
今、本で読んだばかりなのです。
ついでながら、
このイヴァル・クリューゲルをモデルにした小説が、
グレアム・グリーンの
『英国が私を作った』なのです。
つまりクリューゲルの人生は
小説になるくらいドラマチックであったのでしょう。
それはともかく、このネタ本は
大田黒元雄 著の『おしゃれ紳士』。
文字通り男のおしゃれを説いた好著で、
私はとうのむかしに紛失していたのです。
ところが偶然、古本屋で見つけて再会がかなった。
そして間抜けな話で、
以前なんども読んだはずなのに、
クリューゲルの話なんか
すっかり忘れていました。
第一、おしゃれの話にクリューゲルが出てくるのも、
妙といえば妙なのですが。
大田黒元雄は本来、音楽評論家。
大正元年にロンドンに遊学しているのですから、
優雅なものです。
当然、おしゃれな方でもあり、
戦前のボンド・ストリートにはどんな店があって、
などと貴重な話がたくさん出てきます。
これだから、私の古本屋めぐりも
なかなかやめられないのでしょう。
さて、クリューゲルの話になったところで、
もう一度、G・グリーンの
『英国が私を作った』を読んでみるとしよう。
本の楽しみはこんなふうに
次から次へとつながってゆくところにもあります。
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