服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第858回
緑の木々に心を洗ってもらおう

雨は雨でも「虎が雨」を知っていますか。
時に「虎が涙雨」「虎が涙」とも言います。
これは毎年5月28日(旧暦)に降る雨のことです。

<虎が雨化粧坂にて出会いける> (矢田挿雲)

5月28日、
化粧坂(けわいざか)を歩いていると雨が降る、
ああ、これは虎が雨だなあ、
という一句なのでしょう。
矢田挿雲(やだそううん)は歴史小説を得意とし、
また俳人でもあった人物。
化粧坂は鎌倉、扇谷(おうぎがやつ)にある坂道。
つまり昔はそれほどによく知られていて、
5月28日に雨が降ったら「虎が雨」と、
すぐに結びついたのです。

建久4年(1193年)
5月27日というのですから、古い話です。
この日、源頼朝が富士の裾野で狩りを楽しんだ。
この狩りの折り、曽我十郎祐成、
五郎時宗の兄弟が親の仇を発見する。
その名、工藤祐経。
で、その翌日、曽我兄弟は首尾よく親の仇を討つ。
ところが捕えられて、頼朝に対しても
腹に一物あったのではないかとなって、
首をはねられる。

さて、ここに登場するのが大磯の遊女で、
美しい虎御前。
虎御前、兄の十郎と深く契りを交していた。
28日には心配で、
大磯の延台寺で祈りをささげているうちに、
石になった。
今もその石はあって、
虎ヶ石というのだそうです。
まあ、そんなわけで、
5月28日には虎御前が泣いて、
雨を降らせるのだという伝説が生まれたのです。

雨はうっとうしいものですが、
何千、何万の美女が
いっせいに私のために泣いている、
その涙だと思えば、
まあ、多少は濡れてもいいか、
と思えてくるではありませんか。

コインに裏表があるように、
何ごとも良い面と悪い面があります。
たとえば雨が降ってくれるからこそ、
新緑がいっそう美しく輝くわけです。
さあ、晴れ間を見つけたら、
少し郊外に足を伸ばして、
緑の美しさを眺めようではありませんか。
前にも強いウォーキング・シューズと、
レイン・ハット代りになる
なじんだ帽子さえあれば、
あとはもう濡れるも良し。


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