服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第803回
袖口の美学について

上着の袖にアイロンをかけたことがありますか。
腕はいつも曲げたり押したりしているもので、
当然、袖はシワになりやすいものです。
スチーム・アイロンをかけることで、
ほとんどのシワが消えることでしょう。

この場合、注意しなければならないのは、
袖全体をフラットに
圧(お)しつぶしてしまわないことです。
洋服はすべて立体のかたまりですから、
丸く丸く仕上げる。
そのために「袖まん」という道具があるのは、
ご存じの通り。
アイロンをかける時の、
丸いクッションのことを「まんじゅう」。
そして袖専用のまんじゅうですから、「袖まん」。
これを袖の中に入れてアイロンをかければ、
決してフラットにはなりません。

むかしハリウッド・スターが来日した際、
帝国ホテルに泊った。
有名な男優ですが、名前は忘れました。
この男優が上着をプレスに出した。
と、そのプレスがお気に召さない。
どうも「筋をつけろ」と言っているようだ。
で、その通りにしたら納得したという。

この話、長い間私のなかで謎になっていた。
でも、今は分るような気がします。
上着の袖は二枚袖ですから、
その両端に縫目がある。
この縫目がよりシャープになるよう
プレスさせたかったのでしょう。
そうすると袖口の端が
より美しく仕上ると考えたのではないか。

つまり袖ボタンを飾った、
さらに先端のことですね。
この部分をテイラー用語では
「せっぱ」と呼びます。
「開き見せ」という仕立て方もあれば、
「本せっぱ」や「本開(ほんあ)き」
という仕立て方もあります。

例の男優の場合、
「本せっぱ」であったのでしょう。
そしてこのせっぱのところが少し開いたように、
より立体的に仕上げてもらいたかったのではないか。

勝手な想像はさておき、
袖にアイロンをかける時は、
袖口のつくりをよく見ましょう。
もしも「本せっぱ」
(実際に開閉可能であるようなつくり)であるなら、
多少なりとも柔らかさやふくらみを
残しておきたいものです。
袖口に思いやりのある男は、
必ず本当のおしゃれ心の持ち主であるはずです。


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