服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第795回
おしゃれのイメージ・トレーニング

チノ・パンツはお好きですか。
もちろん私は大好きです。
別名を“チノーズ”chinos とも言いますね。
もともとは英国、マンチェスターで織られていた、
丈夫な綿布で、
これがインド、中国を経て、
アメリカに輸出されたところから、
その名前があるわけです。

イギリスではほぼ同様の綾織り綿布を、
“カーキー・ドリル”と呼ぶことがあります。
少なくとも私の頭のなかでは、
チノ・パンツとカーキー・カラーとが
しっかりと結びついているのです。

カーキー色の、厚手のチノ・パンツを、
ビスケットのような感触で穿いてみたい。
ブルーかなにかのコットンのスェーターに、
ヴァイオレットのスカーフを結んでみたい。
足もとは白いスニーカーでしょうか。
つまりちょっとしたドレスアップの気分で、
チノ・パンツを合わせて見たいのです。
そのためにも穿き古した感じではなく、
乾いたビスケットにも似た状態でありたいのです。

むかしインド奥地で英国兵が偵察をしていた。
と、その時、敵に出会った。
盛夏用の純白の軍服ではあまりに目立つので、
近くの川の泥水で染めて、カモフラージュした。
ここから“カーキー”khaki の言葉が生まれたのです。
このもともとの意味は「埃」であったらしい。
19世紀中頃の話です。
以降、世界中でカーキー色が
軍服に採用されることになります。

威厳としての軍服と、
実用としての軍服の変り目に、
カーキー色が存在している。
こうも言えるでしょう。

チノ・パンツに軍服の歴史とは、
あまりにも唐突でしょうか。
私にはそうとも思えません。
1本のチノ・パンツを上手に穿こうとする時、
自分の頭のなかにイメージを作り上げておく。
これもまた着こなし術のひとつなのです。
自分なりの思い入れ、思い込みを準備しておく、
とも言えるでしょう。

チノ・パンツに限らず、
頭のなかに物語(ロマン)を想定しておくことは、
おしゃれ上手への近道なのです。


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