服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第781回
50年前の名案

渡辺紳一郎を知っていますか。
むかしの朝日新聞の記者で、
後に随筆家になった人物。
その渡辺紳一郎が昭和30年前に出した本に
『ぶんさん行状記』(四季社刊)があります。
今からちょうど50年前の本、
古い話でごめんなさい。

この本のなかに
「ダンディ列伝」という文章があって、
なかなか面白い。
当時の知名人をとりあげて、
誰がダンディであるかを考察している。
とにかく暗殺される前の犬養毅に、
「今の新聞記者には洒落者があらん」
と叱られた話が出てくるから、時代がかっている。

さて、この随筆の文末を次のように締めくくる。
<「ハッちゃん」の誌情は赤いシャツから、
 「洸ちゃん」のそれは赤青黄の三色ソックスから
 湧き出るのではなかろうか。>

「ハッちゃん」とはサトウ・ハチロウ。
「洸ちゃん」とは藤浦洸。
どちらも詩人で、作詞を多く手がけたことは
言うまでもないでしょう。

ここから想像するに、
サトウ・ハチロウは赤シャツ、
藤浦洸は三色ソックスを愛用したらしい。
まあ、トレードマークと言っても良いでしょう。

赤シャツを着、三色ソックスを履くと、
たちまちにして詩が湧き出る、かどうかは
保証の限りではありません。
でも、自分なりのトレードマークをつくることは、
一歩ダンディに近づけることだと思います。

好きこそものの上手なれで、
とにかく自分の好きな色、柄、デザイン、スタイルを
なにかひとつ決めることです。
たとえば私の場合なら
ヴァイオレットのネクタイでしょうか。
人は誰でも、いつも身につけている好きな色であれば、
自信を持って着こなせる。
この自信が着こなしをよりゆたかにすることは
間違いないでしょう。

あれこれ迷うのは時間のムダです。
それよりも自分が本当に好きだと思う
トレードマークをつくっておくほうが
はるかに有利です。
ところで今の時代、50年前と較べて
どちらが賢くなっているのでしょうか。


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